モテないといえば嘘になるが自分はどうも恋愛と言うものが苦手でしかたない。それは初恋において耐え難いトラウマを植え付けられたからに他ならない。あの時のほろ苦い気持ちを思い出して重苦しく息を吐いた。なぜ今さらこんな思いをしなければならないのか。相手に気づかれないように、もう一度息を吐いた。偶然会った初恋の人。無言で隣を歩く人


「にしても 久しぶりやな」

「小学校卒業して以来 一回も会ってへんもんな」


わざとだろうか、この女。忍足は彼女の言葉に続けることができなかった。彼女と最後に会ったのは確かに小学校の卒業式以来。確執が出来たのも小学校の卒業式の時。あわよくば忘れていてはくれないかと淡い期待をしていただけに、動揺を隠しきれない。チラリと見上げられた途端、思わず視線を逸らしたことを後悔した


「覚えてんの?」

「な なにがやねん」

「卒業式の日 」

「卒業式?何かあったか?」


無駄な抵抗だとは思ったが無かったことにすることができるなら、それに越したことはないと判断した忍足は惚けた。だいたい自分たちはもう高校生なんだからあの事件は時効だろう。隣を歩く彼女は足を止めた


「あんた 本気で言うてんの」

「…なにがや」

「忘れたとか 本気で言うとんのかこのど阿呆」


阿修羅がいる、と忍足は思った。どうやら事実をうやむやにしてしまおうとゆう生半可な考えが、彼女の地雷を踏んでしまったらしい。これでもかと形のいい眉が眉間に寄せられれば寄せられるほど、忍足の頬はひきつった。ああ、彼女のこの顔がより鮮明にトラウマを呼び覚ます。忘れるはずがない、卒業式が終わった後の教室。一人一言想い想いに小学校6年間を振り返る中一世一代の愛の告白をした。脈がないわけじゃなかった。むしろもう両想いも同然だと思っていた。この雰囲気にまかせて彼女もきっと好きだと言ってくれると前夜からシュミレーションをしていた。忍足には自信があった。しかしまさかの想い人に、地獄から降臨した阿修羅にしんみりとしていたクラスメイトの前でこれでもかと罵倒されたのだ


「あんたのせいで あたしがどんだけ辛い思いしたと思っとんねん」

「辛い って なんやねん。俺のほうがトラウマじゃボケ。いたいけな恋心踏みにじりやがってからに」

「最低。忘れてへんやん。ほんっと都合のいい頭やな!」

「うるさいんじゃ。あんな史上最大の汚点 忘れたくもなるわ」

「謙也が悪いんやろ。なんであのタイミングで告んのかわからんわ KY野郎」

「しゃ しゃあないやろ!って何でお前にダメ出しされなあかんねん!」

「当事者なんやからダメ出しして当然やろ。アホちゃうの」

「やったらこっちからも言わしてもらうけどなあ あの言い方ないで。いくら嫌やってももうちょっと他に言う事あったやろ。てゆうかお前絶対俺の事好きやったやろ」


ここまでくればどうにでもなれ、と忍足は思った。最後の一言は余計以外の何者でもないが、大失恋をしたあの時あの瞬間からずっと彼女に言いたくてしかたのないことだった。自意識過剰だと罵られるかも知れないが、思わせ振りなお前が悪いのだと言い返せる自信がある。ぽかんと口を半開きにした彼女。嵐の前の静けさだろうか、忍足は身構えた


「…なんで 知ってんの」

「ええ いや え ちょなに?」


相変わらず阿修羅のごとき彼女の顔は火がついたように耳まで赤くなり、吊り上がった目は心なしか潤んでいる。忍足ははて、と首を傾げた


「なんでうちがあんたのこと好きやってしっとんねんヘタレのくせに!」

「ヘタレ関係あらへんがな!いやそんなんどうでもええねん今お前何て言うた?」

「死ねもういやや!何であんたなんか…ッんのアホ!」

「な 泣くなっちゅうねん」


声を上げて泣き出した彼女は忍足の腕を叩きながら卒業式のあの時のように忍足を罵倒した。しかし忍足にはあの時のような悲しくて切ない気持ちは一切なかった。あるのは心臓を擽られるような喜びと小さな羞恥。かけることばが見つからない忍足は何も言わずに、目を擦る彼女の右手を掴んで指を絡めた。何てことない、とわ言えないが彼女は唇を噛んで泣くのを止めた


「ずっと 好きやった」

「今も好きやで」


もう彼女の口から罵声が吐かれることはない。遠回り遠回り。しかし忍足は、きっと彼女も何一つ後悔はしていないのである


企画「31」様に提出


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