あの人に近づきたかった。黒くて骨ばった翼を広げ、月を背負って笑う人。隣に座った俺の腕に巻き付くあの人の尻尾は、まるで蛇が這うような感触で全身が粟立った。それでもあの人は俺に笑いかけた


「堕ちておいでよ」


あの人の口癖だ。口癖、と言うよりは暗示だとか催眠の類いのようだと思う。脳に刻み込まれるあの人の声とその言葉。夢にまで現れて、俺を誘うあの人。またあの人の声がする。ここには居ないはずなのに。赤く染まった手と横たわる死体を見つめた。なんで死体なんだ?俺が殺った?なんで?ぐちゃぐちゃになった頭ではなにも考えられなかった。ただわかるのは俺は禁忌を犯したということ。居るはずのないあの人の声を聞いた


「かわいい赤也 いい子だね」


居るはずはない。だってここは天国。あの人は地獄の遣い。俺の名前を呼ぶ声に、顔を上げればやはり居るはずのないあの人がいた。あの人は笑っている


「ずっと一緒に居ようね」


あの人の掌が頬を包む。よく見ればここは地獄だった


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テーマ「人外ファンタジー」
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