中学三年生になった。深刻だと思われた忍足侑士離れは案外あっさりできた。あたしにも友達ができたからだ。今思ったら、極度の人見知りのせいで友達できなくて焦ってたんだよ。若いなあたし。結局のところ忍足侑士じゃなくても、誰か、あたしの事を理解してくれて理解してあげられる親友がいてくれればいいのだ。だけど未だに忍足侑士を目で追ってるあたしが居る
「銀河」
なんでこう傷口が塞がったところにまた刃物を当てるような事が起きるんだ。心の中でため息。あたしの腕をつかんだのは、あの頃よりずっと背の高くなった忍足侑士
「なに」
「たまたま見かけて。久しぶりやし一緒に帰らへん?」
「あー あんた部活は?」
「珍しく休みやねん」
「ふぅん…」
興味なさそうに返事して、鞄からケイタイを取り出す。メール画面送信先は親友だ。ごめん、先帰る。明日の昼奢るから許して。はい送信
「いいよ 別に」
親友はあたしをどう思うだろうか。きっと、やっぱり忍足侑士に未練があったんだと冷やかされるのだ。冷やかされるのは嫌いだけど、今はどうだっていい。強がったっていいことないのは身をもって経験済み。だけどなんでこんなに緊張するの
「友達 できたんやな」
「うん。意外?」
「いや よかったな」
「どうも」
返事はうまくできてるのかな。上の空だ。同じくらいだった目線も今ははるか遠く。あたしは自分の爪先を見ながら歩く
「なあ 銀河」
忍足侑士が歩くのを止めたから、あたしも止まる。伊達眼鏡は相変わらず似合っている。嫌いだった鼻にかかる声も、今ではそれが色っぽいと思えるようになった。あたしも忍足侑士も、少し大人になった
「友達に順番とかあらへんけど 俺 お前の事一番の友達やと思うてる」
「うん」
「今は疎遠になってしもうたけど ずっとあん時みたいに一緒におりたいと思うててん」
「うん」
緊張しすぎて吐きそうだ。よかったあたしだけじゃ無かったんだ。そう思ったら胸の辺りがむずむずした。また、あの時みたいに仲良くできるかな。淡い期待が沸き上がる
「せやから 銀河にお願いがあんねん。聞いてくれるか?」
「なに」
だけど今思ったら、あたしは完全に雰囲気に飲まれてたと反省してる
「男子テニス部のマネージャーになってくれんか」
この言葉は、あの瞬間のあたしにとってプロポーズと同等の意味を持っていた。少し恥じらいながら、いいよと答えた自分を殴りたい。馬鹿よく考えろ!目を覚ませ!今なら遅くない!言いたいことはたくさんある。だけど仕方ない。あたしはまだ青かった
「ってことで全部お前のせい」
「なんやねん それ。ただの押し付けやんか」
「うっさい。あたしの純情返せ」
「照れてた銀河めっちゃかわいかったわぁ。今は全く面影ないけどな」
「完全に弄ばれて嵌められた。今は憎しみしかない」
「まあまあ。愛情と憎悪は紙一重っちゅうことや」
「眼鏡割るぞ」
忍足侑士。こいつがあたしのマネージャー人生の幕を開けた人物であり、あたしの悪友である
これが始まり