serial | ナノ
「こんなところで悪魔と戦闘はできないなぁ」
依頼の現場は見慣れた活気のある街中だった。ここは事務所があるスラムを抜けてすぐ隣に位置する。この辺では一番大きな都会と言ってもいいほどの規模があった。
そして、あの双子ともよく遊びに来ていたところ。買い物したり、バーやレストランに行ったり、暇なときはただ散歩をしにぶらぶらと。あと、ライヴも見にきたりした。
でもここ最近は、まったく。
だから、思い出の詰まったこの街で戦闘はしたくないと思った。
となると、
「陽動作戦かな」
街中で悪魔が出現したとしてもスラム辺りまで引っ張っていけばいい。……でも、うまくいくだろうか。今までそんなことしたことがない。
私はぴたりと立ち止まる。
横を見上げた。
後ろを振り返った。
「……」
ふたりは、いない。
私はなにかを思い出したように眉を上げて、それから深く肩を落とした。まるで力なく垂れ下がった犬の耳のように。
「そっか、そうだよね。今までずっと、ふたりに頼ってばかりだったんだよね。……私、弱いから」
拳をぎゅっと握った。ややあって、顔を引き締めて前を見据えた。
気持ちの勢いに乗って歩を進める。
「だめだめ! こんな弱気だからだめなんだ。気合い入れろ、私! よし!」
腰に下げたバックの中身をチェック。中には鎮痛剤や止血薬や包帯などなど、応急セットが詰まっている。……一応、まあ、怪我を負うこと前提である。それに、双子と違ってこっちはカヨワイ人間ですから。
「よぉ、なまえちゃん。今日はハンサムボーイたちは一緒じゃないのかい?」
「あ、マスター。こんにちは。……あはは、うん。今日はひとりなんだ」
個人的に行きつけとなっている花屋のマスターだ。よく双子に挟まれて街を歩いているところを見られていたせいか、マスターはひとりなのが珍しいというような顔をしていた。
からかい好きなおおらかな人だ。私がデビルハンターだということも知っている。
「あんまひとりで出歩いてっと嫌〜なヤカラに絡まれちまうよ。おめえさんカワイイ顔してんだから」
なっはっはと高笑いするマスター。苦笑しながら私は腰のホルダーを見下ろした。
「こんな銃やら刃物やら物騒なもの持ち歩いてる女なんて、絡まれる以前に近づいてくる男すらいないって」
そこに視線を落としたマスターは、眉を寄せて低い声音で言った。
「なんだ、今日もお仕事かい。まさかこの辺に……出るのか?」
――そうだよね。怖いよね。私も、同じ気持ち。だけど。
「だけど、心配しないで。マスターの店も、この街も……私が守ってみせるから!」
そうやって強気な言葉こそ口にできるが、腹の中は――不安でいっぱいで。
人々を悪魔から守る。デビルハンターである私が密かに思っているモットーだった。しかし自分の力だけでできることは限度がある。けれども、それはやってみなければわからない。
だからひとりなんだ。足手まといは嫌だから。そして、私だってやればできるんだということを証明して――
「ほれ」
「……え?」
思いつめていると、突然目の前にふたつの花が現れた。
顔を上げると、マスターはにかっ、とそこに笑顔を浮かべていた。
「そんな暗ぇ顔してっと美人が台なしだ。ほれ、持ってけ。コイツ等はな、まだガキだが丈夫で頑固で、元気をくれる」
「頑固?」
「そう簡単にゃ死なねえんだ」
マスターは花たちを我が子のように扱う。店の花たちはこの人にどれだけの愛情をそそがれながら生きているんだろう。
「あとな、なまえちゃん。俺の店を守ってくれるのはありがたいんだが」
ぽん、と頭に手を置かれる。
「きちんと自分の身も守ってやれよ」
「あ……」
その言葉は、私の心を温めた。
黄色い花びら。赤い花びら。どちらも美しく、咲き誇っていた。
「ありがと、マスター」
包装された花たちをバックに差した。
「それじゃ、また来るね」
「おう! 気をつけてブっ飛ばしてこい」
ガッツポーズで不安が少しかき消された気がした。私は夕暮れを迎える空に向かって、歩き出した。