serial | ナノ
昼食後、変わらず物静かな空気が部屋の中を支配していた。
リビングを一瞥すると、バージルは本を片手に紅茶をすすっている。相変わらずなしかめ顔だ。ただ、眼鏡姿はとても魅力的だった。ダンテはというと、昼食を食べ終わった後なぜか機嫌が悪そうに自分の部屋に戻ってしまった。いつもなら、ソファーにだらけて眠るのに。それ以来、ダンテは部屋に閉じこもったまま。
食器を洗う手を止めて俯いた。いつもと違うこの空気に、不安が募る。少し居心地が悪い。
――もしかして、こんなことになってしまったのは、自分のせいなのではないだろうか? 昨日のことといい、さっきのダンテとのことといい。その後、私は腹を空かせたバージルのために昼食を作りに部屋を出て、バージルとダンテをふたりきりにさせてしまった。そこでなにかがあったに違いない。そこでふたりきりにさせてはいけなかった気がする。
バージルは、怒っていたのだろうか。
「って、……バージルのため、か」
バージルのための昼食――。
「俺のため?」
すると、突然後ろから声が聞こえた。
振り向くと眉根を寄せた眼鏡のバージルがすぐ後ろに立っていた。
「バ、バージル! あ、な、なんでもない。どうしたの?」
私はすぐに視線を手元に戻して、食器を洗い始める。慌てたもので、手から皿が落ちそうになった。
後ろにいたなんて全然気づかなかった。なんだかとても恥ずかしい。
バージルの手が、肩に置かれた。一瞬で体が強張る。心臓が早まった。ここで振り向いたら、一体なにが起きる? ……彼は、どんな顔をしているだろう。けれど、振り向くことができない。
バージルの手が腕へと滑り落ちてくる。
「なまえ」
反射的に、顔を上げてしまった。
「ぁっ」
顔を上げたと思うと、突然顎を掴まれて引き寄せられる。腰に手が回っていることに気づいたのは、息がかかるくらい近くにバージルの顔が迫ってきてからだった。
唇が触れるか触れまいかというところで、バージルは止まった。細い瞳が、私の大きく見開かれた瞳を見つめる。
「バ、ジル?」
「……」
だが、彼は背を向けた。
「しばらく眠る」
そう言い残して、彼は視界から消えた。
「……なに、これ」
なんだろう、この気持ち。胸がとてつもなく苦しい。
バージルのあの表情が目線の先にあったのだ。
ああ、だめだ。勘違いしてしまう。
顔が熱くなるのを感じながら、食器を洗い始めた。
手から皿を落としそうになった。