serial | ナノ
彼は怒っていた。
言うことも聞かずついて行くとわがままをぬかしたなおかつ、油断をして悪魔に真っ二つにされてしまうところを彼に助けてもらい……、先の「自分の身は自分で守れ」という言葉が今ごろ胸の中を支配した。
ぽたりぽたりと液体が地面に落ちて弾く音と、風の吹きゆく音が異様に目立って聞こえた。
相も変わらずしかめっ面の彼――バージルは、先ほどの悪魔との戦闘によってできた私の傷の応急処置をしてくれている。
「あ、えっと……バージル」
挙動不審ながらも彼の名を呼ぶと、瞳だけが返事をした。そんな睨みつけるような視線から、私は思わず逃げるように視線を下に向ける。だが、痛い視線を投げつつも処置をする手は止まらない。
しばらく無言が続いた。私も、無言だ。それとは裏腹に、申し訳ないという気持ちと微かに早まった自分の鼓動が心の中で大暴れていた。
なにを言えばいいか、と悩んでいるうちに彼は立ち上がって、冷たい瞳で私を見下ろしてきた。あきらかに、苛立ちを募らせた表情だった。眉間のしわがいつもよりひどい。
「お前はいつもいつも……なんど言えばわかる!」
きた。鬼兄きた。そう、私は地面に顔を擦りつけてざんげをするしかない。
「ご、ごめんなさいぃっ!」
吠えるような彼の声に体を震わせて首を引っ込める。
「自分の身は自分で守れ、そう言ったことをもう忘れたのか」
「いえ、その……」
今ごろその言葉が頭を埋めつくしました、なんて間違っても口にできない。
「次、油断でもしてみろ」
ため息が聞こえた。バージルは刀を拾い上げてきびすを返す。数歩進んだところで振り返った。
「死、だと思え。もう助けてやらん」
それだけ言い捨てて、彼は闇の中へと姿を消してしまった。
「胸が痛い……」
だらりと体を垂らして、嘆くように呟いた。
まあ、彼を怒らせてしまったのは無理もない。あれだけ注意をはらってくれたのにもかかわらず、私がこのような結果になってしまったのだから。
「あーあ、お前またあいつ怒らせたのかよ」
横に立ち止まったのは、赤いコートに身を包んでいるダンテだった。後ろ手に腕を回して、呆れたように言った。
「う、うるさいなぁ」
「……ま、お前もお前だけど、あいつもあいつだな」
伸ばされたダンテの手に掴まって立ち上がった。ダンテは続ける。
「まだあの時のこと根に持ってんだよ。……ぴりぴりしてんのは悪魔退場してるときだけだし」
「……」
私はうつむいて、一瞬ダンテの手を強く握った。そして、顔を上げて、
「私たちも帰ろうか」
ふたりは静まった道を歩き始めた。