serial | ナノ
「おはよぉ〜……」
朝。トレーニングルームに足を運んだなまえは無気力な挨拶をして、まずは椅子に深く腰をかけた。ああ疲れた。もう疲れた。ほんとあの二人には疲れた。そして深くため息をつく。
すると、先着していたカリーナのスキンケア中の顔がなまえを覗いた。
「ちょっと、なまえ。あんたどうしてそんなに脱力してるのよ? うわっ、なにそのひどい隈!」
「……うん、寝てなくてさ」
なまえは力なく笑う。
「昨日の夜、仕事終わってからバニーとスカイハイにさんざん追い回されて、もう、へとへとなんだ」
「夜、ってことは……ああ、女のときね」
現在、なまえは男性の姿をしている。服だって男物を着ているし、顔立ちも肉体もすべて男である。ちなみに、きちんと息子もいる。
「まったく、なに考えてんだかあの二人は。ほんと迷惑ね」
カリーナはあきれたように息をはいて隣に腰かけた。
あ。脳天。
今見るとカリーナの脳天を見下ろすかたちで見えるけれど、夜になると女になるから背が彼女とほぼ変わらないくらいになる。つまり限定でしかカリーナの脳天を見ることができない。よく見ておくことにした。
カリーナとぱちりと目が合う。
「ちょ、ちょっとなに見てるのよ」
「ん? いや、なんかカワイイなって(脳天が)」
「な、はぁ!? そ、そんなやつれた顔して言われてもべ、別にうれしくななないし! あ、あんたみたいな男女に言われてもぜぜ全然うれしくないし!」
顔を真っ赤にするカリーナ。とても可愛らしい反応をするなと思った。
男になると、きちんと男性気質になるし男性としての機能も使えるし、こうして男性からの目線で女性を可愛らしいと思うことができる。
なまえは完全なる男性であり、完全なる女性なのだ。
ややあって、ひとりで取り乱したのを恥ずかしがるように、落ち着いたカリーナは静かに腰を下ろした。
「て、てゆーかさ、不便じゃない? 男になったり女になったりって。もしあたしがそんな能力だったらきっと堪えられない」
「だろうねぇ。でも、ま、慣れたから」
「ふ、ふ〜ん?」
慣れるまでが大変だったけれど。そう、とてつもなく。
カリーナはちらちらとこちらの様子を伺っている。
「なに?」
「え? いや、その……お、男のときは、本当に男なんだなあって」
「うん。俺自身、今自分は男だって自覚してる。女のときもちゃんと女だって自覚するよ」
「そ、その『俺』も自然と出るのよね?」
「そりゃな。男だから」
心なしかカリーナの顔は桃色である。
「……ずっと男のままいればいいのよ」
その呟きは小さくてよく聞こえなかった。
すると。
「なまえさん!」
背後で名前を叫ばれ、なまえは体をびくっと跳ねさせた。
わかる。声の主は振り返らずともわかる。だが少し後ろを見た。
「お、おはようバニー」
「バーナビーです。いえ、それはともかく!」
ガ、と肩に手を置かれた。
熱く、真剣な目に射抜かれる。その周辺には隈がくっきりと。
「僕は男のなまえさんでもいいです。しかし、しかしです、あわよくば女のなまえさんがいいです!」
結局、自分には逃げ場はないのだと思った。
「なまえおはよう、そしておはよう!」
「……スカイハイも隈がひどいけど」
「君のせいだ。はっきりしておこう、私は女のなまえくんがいい!」
きらり、と歯が光った。
スカイハイはどうやら、そうらしい。