serial | ナノ
それは、左手に絡みつくぬくもり。
「ちょ、ちょっと」
「なに?」
前を歩く黒髪はいつもの薄い笑みを顔に浮かべて後ろを振り返った。なまえはそんな烏哭がなぜかきらびやかに映って見えて、うっ、と肩をすくませて顔を熱で満たした。
……おかしい。なにかがおかしい。
あれ以来、自分の中に存在していた烏哭が今までと違う烏哭になっている。烏哭は烏哭なのだけれど、オーラが変わったのか自分の目が変わったのか……。烏哭を直視できなくなった。視線を合わせるのが億劫だ。
現在、なまえはそんな悩みを抱え込んでいる状態に陥っていた。
「え? い、いや……な、なんで手をつないでるのかな〜、って」
「こうやってなまえを捕まえてないと、また僕の前から消えちゃうかもしれないでしょ?」
くす、と笑ったと思ったら、きっぱりと言われた。でも、どこか寂しそうな雰囲気を漂わせた言葉だった。なまえは一瞬でそれを感じて、眉根をひそませた。
「……ごめん」
「あはは、それ何回も聞いた」
「だ、だって」
と顔を上げた鼻先に真っ黒な瞳があった。頬に烏哭の手が置かれる。
「そんな顔しないの。笑ったほうが身のためだよ」
「み、身のための意味がわからないんだけど……」
なまえは蒸気させた顔を背けて、そこで気づいた。
ここは人々が行き交う町。そこでは、なまえと烏哭は非常に目立ちすぎた。
不審な視線をあちこちから浴びせられ、なまえは余計に恥ずかしくなって勢いよく烏哭の束縛から離れた。
「も、もう! こんなところでベタベタするな!」
「はいはい、ごめんね」
「棒読み……」
「さ、行こうか」
と、自然に手を握られる。
なまえは大きく心臓を跳ねさせて胸の辺りを痛めた。
「なまえ」
「な、なによ」
少しぶっきら棒な返事だった。
「お腹空いたね」
久しぶりにその一言を聞いた気がして懐かしさを感じた。
「……うん。メック行こうか」
「言うと思った」
初めて烏哭とメックに行ったときにハッピーセットについていたウサギのおもちゃを思い出した。
それは今でも烏哭のポケットから顔を覗かせている。