serial | ナノ 時計台が見えてきたころにはすでに夕日が沈み始めていた。
今日一日で走った距離はいったいどのくらいだろうか……、なんて考えていると、数メートル前にいるリーゼントの黒スーツが一歩前に出た。

「遅かったな、レイヴン。待ちくたびれたぞ」
「まあそれはいいとして」

そこで言葉を切って、烏哭はその隣にいる大柄な黒スーツの男のほうに視線をずらす。
相変わらずの薄い笑みを浮かべた烏哭は、

「その子になにをした?」

わざとらしく首を傾げた。
大柄黒スーツは、気を失ってぐったりとしているなまえを抱えていた。なまえはぴくりとも動かない。

「ふ、案ずるな、少し深い眠りをプレゼントしてやっただけよ」
「してやっただけだ」と大柄黒スーツ。

「深い眠り、ねぇ」

烏哭は眼鏡を胸ポケットに詰めた。その瞳には、光のひとつも存在していなかった。

「さあレイヴン、組織に投降しろ。我々と共に来てもらう。さもなくば……」
「さもなくば……」と大柄黒スーツ。

黒スーツはなまえの顎をくいと持ち上げた。

「この娘がどうなるか、わかるだ――」

ろ? の一文字が発せられるかられまいかの間に、烏哭は黒スーツの顔面にドロップキックをかましていた。だが、

「あら、防がれちゃった?」
「ふ……、俺を甘く見られては困るな、レイヴン」

黒スーツはつかの間のうちに顔前に両腕でガードを作っていた。横の大柄黒スーツは、まるで弾丸のような速さだった烏哭を見てあんぐりとした顔をしていた。
烏哭は反動で跳躍し、地面に着地する。すっ、と顔を持ち上げて、漆黒の瞳で相手を睨んだ。

「返してくれないかな」

たん、と地を蹴る。
烏哭の速さは瞬きする間も与えてはくれない。視界が黒スーツの顔面でいっぱいになり、

「僕の大切なウサギちゃんなんだ」
「!?」

ドン、という低音がわなないた。
烏哭の右拳が黒スーツの腹にめり込み、ミシィ! という音が辺りに響く。すさまじい衝撃に黒スーツは呻き声を吐き出し腹を抱えたままよろよろと後退していく。サングラスが外れ、地面に転がった。綺麗に整っていたリーゼントも今や無造作ヘアーだ。

「っ!!」

がく、と膝を着いたと思えば嘔吐した。
すると。

「あ、兄貴ぃ!」

大柄黒スーツは突然叫び声を上げた。抱えていたなまえをそっちのけのように突き放して、兄貴と呼ばれた黒スーツへと駆け寄った。

「……なまえ!」

烏哭は無意識に彼女の名を呼び、すかさず手を伸ばしてなまえの体を抱き寄せた。
ふたりの黒スーツを横目に、隙をついて走り出した。



「ゲホォ……、だ、大丈夫だ、我が弟よ。うぷ、く、くそ、さっき食ったカレーライスが全部出てしまった……。非常にもったいない。…………って、弟よ! 俺に気をとられて娘はどうした!?」
「え? ……は! し、しまった!」

と周囲を見渡すが、ふたりは忽然と姿を消していた。しん、と静まった公園に、黒スーツだけが残されている。

「な、なんということだ! しまったではないだろう我が弟!」
「す、すまねぇ、兄貴ぃ!」

獲物を逃がしてしまうほど兄貴が心配だった弟であった。





なまえを抱えたまましばらく走っていると、狭い路地にたどり着いた。どうやら黒スーツたちは追ってきてはいないようだ。

「……っ、もう走れないや」

呼吸を乱し、辛そうに呟いた。
まだ目を覚まさないなまえをそっと座らせて、その横に腰を下ろす。自分の肩に横たえさせた。

「あの黒スーツたち、兄弟だったんだ。はは、ぜんぜん似てない」

烏哭は大きく深呼吸して酸素をいっぱいに吸い込んだ。
なまえは死んだように眠っている。頭に手を置いて、やさしく撫でた。彼女がいなかった時間は、とても長く感じた。
恐ろしかった。
恐怖さえ感じた。
ああ、僕も弱ったなあ――。

「おかえり、なまえ」

微笑を浮かべた烏哭は、ゆっくりと目を閉じた。
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