serial | ナノ 町に出て人ごみの中に姿をくらまし黒スーツの二人から尻尾を巻いた烏哭は、そこから旋回してなまえの待つ一軒家に戻る。その足は黒スーツに追われているときよりもはるかに迅速だった。

やっと家に到着。
息せき切って肩で息をしている烏哭は塀の前で立ち止まり、眼鏡の位置を正した。疲れを含んだ空気を吐いて、地面を蹴る。塀を飛び越えて着地すると、目の前の光景を見てやや目を見開いた。

「……」

庭の窓が開いている。
中にある木製のぼろいテーブルにいるはずのなまえが、いない。
縁側に片足を乗せると軋みをあげた。部屋の中に入って、もう一度確認する。どこにもなまえの姿かたちなどなかった。むしろ、この家の中には人の気配すらしない。
あれだけ外には一歩も出るな顔を出すなと言っておいたため、なまえが自ら外に出るはずはないのだが――
なまえがいない。――これは烏哭にとって、とても恐ろしいことだった。
出かけるのになまえを連れないほうが無難だと思っていた。もし途中で黒スーツたちに囲まれでもしたら、なまえを守りながら数人を相手にするのは厳しい。そしてなまえに怪我でも負わせたら……後でおっかない。彼女の身の安全を考慮したはずだったのだが。

「最悪だね、まったく」

烏哭は無造作に前髪をかきあげて、コンビニの袋を放り投げた。
縁側に出て膝を着き、庭に視線をさまよわせる。ここから出たとすれば、なまえは裸足のはずだ。

「やっぱり」

地面の砂に、踏まれた跡がいくつかくっきりと残っていた。そしてその横。ブーツのような足跡がある。それはなまえの足跡の何倍の大きさだった。

「僕の大事なおもちゃを誘拐したのは男、か。……おそらく黒スーツども」

狭い範囲にしかなまえの小さな足跡がない。それらの痕跡は、この場でなまえは黒スーツに襲われ取り押さえられたということを物語っていた。
烏哭は数秒の内にそれらを推測した。彼はすばらしい洞察力の持ち主なのだ。

「ん?」

視線を上げると、木の支柱にナイフで固定された紙切れが風になびいていた。ナイフを引き抜いて、紙を広げる。
『時計台、大広場』
と殴り書きに書かれていた。
そこになまえがいるというのか。
烏哭は紙をぐしゃりと潰して投げ捨てた。
――そういえば、黒スーツから逃げている途中に無駄にでかい時計台を見たような気がする。

「行ってみる価値はありそうだ」

烏哭は内心の焦りを隠したような笑みを浮かべて、塀を飛び越えた。





こんこんとノックする音が鳴り、扉が開かれた。
中は相変わらずの書類の山やら博士の趣味なのかウサギのぬいぐるみなどが散らばっている。部屋の中はコーヒーのにおいが充満していた。デスクの前には、椅子にもたれかかり顔の上に本を乗せて眠っている博士の姿。白衣を脱いだ黒のワイシャツ姿だった。
デスクトップの光が唯一この部屋を照らしている。

「失礼します、博士」

黒スーツの男は博士が寝ているのか起きているのかもわからなかった、とりあえず一礼した。

「ターゲットを捕獲したとの情報が入りました。時期に『レイヴン』も捕獲するとのことです」

すると、博士の椅子がキィと音をたてて回転した。
おもむろに顔の本を持ち上げて、

「ペチャな子だって魅力的なんだけどなぁ〜」
「……はい?」

黒スーツは、その言葉の意がまったく理解できなかった。

「あ、こっちの話だから気にしないで」

と言って本を閉じた。――それはアダルト雑誌だった。

「……。博士、もうじき追跡グループが目標を連れ帰還するとのことです」

博士はデスクに体を向け、肘をついた。両手の上に顎を乗せる。
口の端をくいと持ち上げ、

「さあ、それはどうかな」

デスクトップに表示されている赤い点滅が、もうひとつの点滅へと徐々に距離を縮めていた。
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