serial | ナノ
「…………」
コンビニの帰り。なまえのところへ帰るためには人気のない道も歩かなければならない。そう、今ちょうどその帰り道の途中だった。
プラスαで。
「えーっと、僕になにかご用?」
「目標『レイヴン』発見。捕獲します」
烏哭の言葉を無視して、黒スーツの男は無線に向かってそう言った。隣のもう一人の黒スーツはすでに烏哭へと間合いを詰めていた。
「うわ、やっぱそう来る」
だが、烏哭は笑った。そしてきびすを返して――猛ダッシュ。
烏哭の運動神経は伊達じゃなかった。
そのまま狭い路地に入る。ちらりと背後を見ると、黒スーツはもちろん追いかけてきていた。とりあえず、一度人気のある広い場所へ行こう。目を眩ませればこっちのもんだ、烏哭はそう思った。
だが、黒スーツの追跡力を侮ってはいけなかった。
――烏哭は、なまえに迫ろうとしている危機など考えもしなかった。
なまえたちは、今どき珍しい一軒家の空き家を見つけてそこに身を潜めていた。
「はぁ、烏哭遅いなぁ」
烏哭が出かけて一時間は過ぎている。ここから一番近くて二十分のところにコンビニがあった。……自転車は壊してしまったから、徒歩しか移動手段がなかったのだ。
それにしても、遅すぎる。
「……まさか、ね」
しつこい黒スーツの連中に捕まった、なんて烏哭に限ってそんな最悪なことはないはず……。いや、でもわからない。おそらく組織は東京のあちこちに黒スーツを配置している。しかも、自分たちの居場所が向こうに明らかになっているかもしれない、と烏哭は言うのだ。
「ま、まさかね」
烏哭の言葉を思い出したら、不安が一気に胸を支配した。
なまえは爪を噛んだ。
この行動はなまえの癖だった。情緒不安定だったころはよく血を出していた。外国にいたころはもっとひどかったものだ。
――と、その時。
玄関のベルが鳴った。
なまえは息を飲んだ。
物音をたてないように、ゆっくりと立ち上がる。心臓が早鐘を打って、汗が滲み出てきた。
『いい、なまえ。僕が帰ってくるときは庭のほうから家の中に入るから。……玄関から誰か来たら、すぐに逃げるんだよ』
出かける前に言われた烏哭の言葉が蘇った。
「う、嘘……なんでここがわかったんだ」
後ろを振り返り、庭から外へ飛び出そうと窓を開けた。
地面に着地したとき、視界の隅に黒い影。顔をそっちに持ち上げたときには、すでに黒スーツの手が伸びてきていた。
なまえの体の二倍はある男だった。
腕を掴まれ、背中に捩られる。肩に痛みが走って呻き声を上げた。
「っ! は、はな……!」
そこまで言ったとき、口元をなにかで覆われた。離そうと暴れたが、だんだんと意識が遠くなってきて体の力が抜ける。
「な……、に」
眠気が襲う。目がかすんできた。
――烏哭、助けて。
その声は発せられることもなく、なまえの意識は暗闇に支配された。