serial | ナノ いつものように朝食を前にしても手付かずにいる三成は、自分の身体の違和感と戦っていた。
頭が重く、もんわりとした熱気が首から上を支配している。だが首から下は寒気を感じていた。思考も、働くどころか少しも動こうとしない。
おかしい。とにかくおかしい。
思慮深げに腕を組んで目を閉じた。
すると、とうとう目を開けることが億劫になって、しばらくそのまま座すことにした。

「三成様、どうなさいました?」

誰かのその心配げな声さえ遠くにぼんやりと聞こえて三成は眉をしかめた。

「いや……」

なんでもない、と続けようとやっと重たい頭を持ち上げた――が、すぐそこに不服そうななまえの顔がどんと置かれていた。
三成は驚くほかなく、すかさずがたりと身を退いた。心臓が暴れ出して、顔の温度が上昇する。

「大丈夫ですか、三成様?」
「だ、大事ない」

冷静を装ってなまえからふいと顔を逸らすが、

「嘘です」

頬に、冷たくて心地好い手が置かれた。くいと顔を向けられる。その手が額に移動した。顔を逸らそうにも全身が強張って動くことさえできなかった。最後の抵抗として、やっとの思いで視線だけを落とす。

「まあ、大変です三成様、お熱があります。お休みにならないと……」

なまえの顔がますますしかめられた。
……心配をかけたくはない。
三成は体を熱に蝕まれながらも平気の仮面をつけた。

「大事ないと言っただろう。もう膳を下げろ……」

と立ち上がると、急にひどい目眩と頭痛が襲った。足元がよろめき、壁に手を着こうとするがどこが壁なのかもわからず体は自然と体重のかかるほうへ倒れ込むかたちになる。

「三成様……!」

ふわり。
なまえの髪の香りが漂う。それはひそかに三成の好みである香りだった。
気がつくと、膝を着いた三成の体をなまえが前から支えていた。うなじに顔が埋まるほど近くになまえがあって、横を見ると困ったような微笑みを浮かべた顔が鼻先に置かれていた。

「……なっ」

どうやら三成は感情の抑制機能も熱によって壊しているようで、そこにあったなまえの顔を見て一気にカァと顔を真っ赤に染め上げた。
そして自分の手がしっかりと彼女の腕にしがみついていることに気づく。急いで離した。
だが、なまえは三成を離さなかった。

「なまえ……?」
「三成様、お布団に入りましょう」

あまりにも優しい表情と声音に負けて、三成は体をすくませた。

寝巻に着替え布団を深く被った三成の傍らにはなまえが静かに座している。
三成は落ち着かなかった。いや、落ち着くことができない。ただじっと三成を見つめているだけのなまえがそこにいるからだ。
……眠るにも眠れん。

「なまえ、私は平気だ。……芍の様子を見てきたらどうだ」

少しの間でもいいからどうにかしてなまえを部屋から遠ざけていたい。申し訳ないが。
彼女の優しさは十分に受け取った。

「あ、そうでした。三成様に夢中になっていました……。では、少し待っててください」

……天然だな。
なまえはにこりと笑みを見せてから襖を閉めた。

「ふぅ」

やっと一人になれた。体の緊張がほぐれる。
三成の心の中では嬉々がちらりと姿を見せていた。

「……私に夢中、か」

一人のときは顔を緩みだって気にする必要はない。
そのまま目を閉じて安らかに眠りについた。





誰かに呼ばれている気がする。
目の奥に熱が生まれ、体の感覚が確認できる。
……なまえか?
探るように声の聞こえるほうに手を伸ばした。すると暖かいなにかに触れた。ゆっくりと絡められていき、そこでそれは手なのだと気づいた。
……暖かい。なまえの手か。
自分から手を絡めるなんてとてつもなく恥ずかしい行為の一つなのだが、なぜか止められなかった。ずっと繋がっていたい。
そんなことを簡単に思ってしまうほど熱にやられていたのか、と三成は自分に呆れた。それにしても、ザラザラだ。
……ん? ザラザラ?
うっすらと目を開ける。

「なまえ……?」
「うむ、すまぬな三成。我はぬしの奥方ではない」
「っ!?」

三成は驚愕の形相で布団からがたりと這い下がった。

「ぎ、ぎぎ刑部!?」

布団の傍らにいる刑部と、暖かい手と絡みあっていた自分の交互に見遣った。

「そうか、なまえ姫と我の手の感触はそこまで似通っていたか」
「な、なんだと!? ふざけるな似通ってなどいない!」
「はて、我の手に絡みながら奥方の名を呟いていたのはなぜだ三成?」

わざとらしく首を傾げ腕を組んだ刑部。
これは完全なる侮辱だ。

「……っ黙れ刑部! それ以上口にしてみろ、貴様でもその首飛ぶことになるぞ!」
「ひっひっひ、我はただ病に倒れた友の様子を見にきただけよ」

刑部はからかうように笑っていた。

「わ、私は大事ない。さっさと貴様の部屋に戻れ!」
「ひひ。あいわかった」

刑部が出ていくと、三成はどうしようもない気持ちに襲われて部屋の中をただ右往左往していた。

少し後になまえが部屋を覗きにきたが、三成は寝たふりをした。
恥ずかしくてなまえに合わす顔がない。
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