serial | ナノ
雨水がやっと滴りの音を奏でるようになった。猛者のような雨は明け方まで続き、やっと止んだかと思ったのはつい一時ほど前だ。
庭を埋める花の葉色にいくつもの小さな水溜まりができあがっており、それは時おり涙のように垂れ流れ地に帰っていく。部屋を出て、外の湿った空気に苛立ちを募らせながらも三成は途中で足を止めぼんやりとその光景を見遣っていた。
こうして庭を眺めるようになったのは、訳もなく景色を眺めている妻の影響があってなのは確実だ。
すると、遠くのほうで女中たちの笑い響く声が聞こえてきた。
朝から元気な女達だ……と三成はふぅと息を吐いて、声のするほうへと足を進めた。
「こらこら、お芍。それは食べ物じゃないですよ」
「やっ」
なまえが苦笑気味た笑みを浮かべて言うと、芍薬丸は反発するように声を上げた。
桃の色合いを思わせる着物を小さな体にまとっているのは、なまえの弟である芍薬丸。
なまえの腕の中に収まっているお芍は、姉の肩から垂れ下がる艶の帯びた黒髪をぱくりと口にくわえてしまっていた。
「反抗期とはいえど、やはりなにをしても憎めませんねぇ、お芍様は」
女中の一人がうっとりとした表情でお芍の頭を優しく撫でた。
他の女中二人もお芍の赤子なりの可愛さに惚れ惚れとし和みを堪能している。
「ふふ、でも髪は美味しくないのに。ね、お芍」
となまえは小さな鼻を突くと、お芍はうう〜と唸りながら痒いと言わんばかりに鼻をかき始めた。
すると、その様子を微笑ましく見つめていたなまえの視界の端に、影が現れた。それを辿って縁側のほうを見上げると、無表情でこちらを見ている三成の姿が。
女中たちもそれに気づいて挨拶し頭を下げて部屋の奥へと去って行った。
女中たちの気遣いは今に始まったことではない。
「三成様、おはようございます。いつからそこに?」
なまえは小首を傾げて、お芍を抱きながらゆっくりと立ち上がった。
「たった今だ」
「そうですか。そういえば、今朝はすごい雨でしたね。……皆しだれてしまいました」
三成の肩越しに庭を見遣るなまえは物悲しそうに眉をひそめた。
空に向かって元気よく背伸びをしていた草花たちが水の重さに耐え切れず垂れ下がってしまっているからだ。
「すぐに元に戻るだろう」
と三成は外に向けていた顔をなまえに戻すと、
「あぅ〜、ぃう、あぃ〜」
お芍が声を出しながら求めるように両手を三成へと伸ばしていた。
「まぁ……! 今、三成様って言いましたよ、お芍」
「……そうなのか?」
「はい、そう聞こえました」
少し興奮気味なためか、なまえの顔は嬉しさにほころびながら微かに桃色に染まっていた。
「三成様の腕に抱かれたいみたいです」
「な、なに?」
どうすればいいかわからず腕をうろつかせた三成の胸にお芍を預け、抱き方を身振り手振りに説明した。
ようやく抱くことのできた三成だが、お芍は一息つく暇も与えてはくれなかった。
「ぐ、き、貴様……っ」
お芍が三成の頬を指でつまんだ。
三成は相手が相手であるため叫び散らすこともできず口ごもる。
「いぅ、あぃ〜」
構いなしにお芍はきゃっきゃと笑いながら三成の頬をあっちえこっちえ引っ張ったりして遊んでいる。
「なんだか、お似合いです。お芍は三成様のことが大好きなんですね」
「ば、……馬鹿か貴様は」
なまえは二人の様子を見てくすりと微笑んだ。
慣れないことをする三成の姿は、どこか新鮮さをかもし出していた。