serial | ナノ
図書室の件から数日が過ぎ、それはなまえの頭から忘れかけている出来事となっていた。
「はぁ、遅刻だ……」
ただの寝坊である。
原因は、あれでも頭のいい三成に夜遅くまで電話で数学の勉強を教えてもらっていたから、である。
携帯からの彼の怒鳴り声はかなり頭に響いた。
家康に教えてもらえばよかった、と嘆いたなまえであった。
まだ朝っぱらだというのに、疲れた。なんせ、バス停から学校まで走ってきたのだから。
ぷるぷると震える足を一歩一歩と進めて、やっと正門をくぐった。
授業はとっくに開始している。だから校庭に人の姿はなかった。
よくわからないが、誰もいない校内はとても気持ちが良かった。
静かな学校もなかなかいいものだ――なんて感傷していると、昇降口付近にある花壇の上に大きな白い物体が置いてあった。
「な、なにあれ。……!?」
不信に思って駆け寄ると、その物体が一体なんなのかわかるくらい近づいた途端に、なまえは急停止した。
え? え? これ……人?
花壇の上に……人?
よく見れば、花壇の上の人は制服を着ていた。白はワイシャツの白だったのだ。
所々に土がついている。
幸い、そこは花の植えていない花壇だった。
「か、花壇に……男子生徒」
まったく見たことのない光景になまえは当然、唖然呆然である。
身を強張らせながらゆっくりと近づいた。
「ね、寝てるんですかー……」
そう小さな声をかけたが、反応はない。寝ているようだ。一応、顔を覗いてみた。だいぶ整った顔をしていた。
「ば、馬鹿じゃないの。なんで花壇で寝るかな……。あれ? この顔、どっかで見たことあるような…………」
なまえは顔をしかめながら男子生徒の寝顔を凝視した。
少しこわい形相で……、ピンクのシャツを着てる……ん? ピ、ピンク?
思い出してしまった。
「こ、この人……!」
なまえは花壇から体を遠ざけようとした――瞬間。男子生徒の腕が伸びてきて、突然髪を掴まれた。
「い、っ!」
男子生徒がゆっくりと寝返りを打って、こちらを向く。
「ひっ」
「人が気持ち良く寝てるってのにテメェぎゃーぎゃーうるせ……」
なまえの顔を見た男子生徒は、言葉を途切って一瞬目を開いた。
が、なぜかすぐに口元を歪めた。
この人は、頭の中から消えかかっていた図書室のときの男子生徒の片方だった。
ああ、なんて運が悪いのだろう。
「へぇ? あんたの方から俺のところに来るなんて思ってなかったぜ?」
「ご、ごめんなさい起こしてごめんなさい! 図書室のときもごめんなさいあのときはもう必死で周りが見えていなかっただけなんです、逃げてすみませんすみません!」
なまえはひどく真面目に本気で謝罪の言葉を叫んでいた。
なにも知らない人から見たらとても可哀相な人に見える。
必死にかばんで顔を隠した。
「お、おい、泣いてんのか?」
「な、泣いてませ……」
すると。
体が引っ張られた……と思うと、なにかに包まれた。
この人に、抱きしめられた。
「……っ!?」
「泣いてるとこもやっぱかわいいな、お前。いいぞ、もっと泣け」
と頭をかわいいかわいいと撫でられた。
――え?
「俺は尼子。お前の隣のクラスだ。俺の女になれ」
一体なにがあって、なぜこうなったのかよくわからなかった。