serial | ナノ
「風邪の呪いでも植えつけられたか」
「う、植えつけ……?」
「……ふ」

と、どこか嬉しそうに笑ったように思うのはなまえの気のせいだろうか。

「大谷先生、あくまでも先生は先生ですから……ね?」
「なんの話しだ? 下らぬことを言う暇があるなら少しは寝ていろ」
「は、はい」

ひょんなことで、なまえは廊下ですれ違った大谷に足を止められ、突然風邪気味という判断を下された。
……確かにそんな気配はしていたものの、無視して登校してきたのである。
そしてあっという間に保健室のベッドの中だ。

「じゃあ、寝ます」
「寝ろ」

………………………………。

「せ、先生」
「なんだ」
「……寝ます」
「ああ、寝ろ」

………………………………。

「先生、私人がいると眠れない体質なんですけど……」
「なに? なんとも迷惑な体質だ」
「はい、すみません……?」

大谷は「なにかあったら我を呼べ」という言葉を残して保健室を出ていった。
ふう、と一息ついて、額の濡れタオルを押しつける。

「やっぱ少し頭痛いや……」

目を閉じると、うっすらと意識が遠退いていった。





家康は下の学年のフロアを右往左往していると、なまえのクラスの前に立っている三成を見つけた。

「三成、なまえを知らないか?」

三成は家康の顔を見るなり舌打ちし顔を背けた。

「……今探している」
「そうか。どこにもいないんだよ」

頭をかく家康を尻目に、「ちっ、いちいち邪魔なやつだ」と呟いた三成だった。
するとそこで、保健室の大谷がふよふよと宙を浮きながらやってきた。

「ぬしら、後輩に知人でもいるのか」
「あ、大谷先生。人を探しているんですが見当たらないんです」
「刑部、なまえを知らないか?」
「……なまえなら保健室で寝ている。風邪気味のようでな」

そこで家康が心配な形相になって真っ先に反応する。

「なまえが?」

保健室へ向かおうと歩きだした。が、それを大谷が止める。
大谷は咳ばらいをすると、

「なまえは三成に来てほしいと言うていた」
「え? そ、そうなんですか」
「ああ」

家康は足を止め、三成を見遣る。

「では三成、なまえを頼む。わしは部活に行かなくては……。ちゃんと無事を伝えてくれよ」
「……さあな」

速足に家康は行ってしまった。
三成はかすかに笑う大谷を見据え、眉根を寄せる。

「刑部」
「徳川家康は好かん。むしろ、嫌いでな」
「ふん。礼など言わん」
「礼? 我は礼を言われるほどのことをしたか」
「そうだな。……で、本当に保健室か?」
「ああそうとも」

三成は歩きだした。向かう先は保健室。

「だいぶ好いているようだな」

大谷は三成の背を見つめながら独り言ちて、またふよふよと進み出した。





保健室は校内の端に位置する。人があまり寄りつくところでもなく、とても静かな場所にあった。
三成は保健室の扉を開き、すぐに閉める。

「なまえ」

ふと目に止まったのは、カーテンに隠されたベッドスペース。
三成はそこに向かい、カーテンを開け放った。

「……!」

そこには、寝息をたて眠っているなまえの姿があった。
布団は乱れ、制服は乱れ、なまえのプライベートな姿がそこにあったのだ。
三成はなぜかそわそわとし始め、急いでカーテンを閉めた。
ベッドの脇にある椅子に座り、なまえの寝顔を見つめる。

「……本当に風邪をこじらせているのか?」

額に手を置く。確かに少し熱い。
枕の横に落ちているタオルは、きっと額に置いてあったものだろう。寝返りで落ちてしまったのか。
そこで視界に入ったのは、半開きになったなまえの唇。
だが三成はもやもやとした気持ちが膨れ上がっただけで、そこから視線を外した。
まだ自分以外の誰かに触られていなければ、それでいい。三成はそう思った。

「馬鹿は風邪を引かないと聞いたがな」

むき出しになったなまえの手に――触れる。そして、握った。
女の手はこんなにも小さいのか。……こんな貧弱な体をしているのだ、風邪を引くのも理解できるな、と三成はひとり納得した様子だった。

「こんな貧弱な手をあいつに触れさせてたまるものか」
「……あいつ、とは徳川のことか」
「そうだ、家康の――」

背後。
カーテンの隙間から、包帯に巻かれた顔と、包帯の隙間からはあきらかに笑顔であることがわかるふたつの瞳が覗いていた。

「ぎ、刑部……!? な、なぜそこにいる! 誰が入れと言った!」
「馬鹿め、ここは我の部屋だ」

三成はぱっとなまえの手を離し立ち上がった。

「邪魔はせんよ。ぬしも若い、もしものことがあるだろう」
「き、貴様……ふざけたことを!」
「でかい声を出すな。……ほれ、起きてしまった」

なまえはいつの間にかばっちりと目を開けており、三成を青ざめた顔で見つめていた。

「み、三成先輩……わ、私が寝てる間になにかしたんですか!?」
「なんだと!? ふ、ふざけたことを言うな! 私が貴様のような軟弱な女に手を出すと思うか?」
「三成、気を鎮めよ。相手は病人よ」

三成はふん、と鼻を鳴らした。

「……家康に迎えに来いと伝えてやる。だがな、私は貴様になにもしていないし触れてもいない、わかったな!」

雷のようにびしゃりと言い放ち、三成はさっさと出て行ってしまった。

「やつも変わったな。なまえ、ぬしの影響だろう」
「へ? あ、おはようございます」
「すぐに徳川が来るだろう、待っているがいい」
「はい、わかりました」

大谷はなまえに背を向け、

「三成はひとつ、偽っておる。ぬしの手先、温かろう」

それだけ言って、大谷も保健室から出て行った。

「手? あ、あったかいや。……三成先輩? まっさかぁ」

それから家康は血相をかきながら保健室へ飛んできて、共に帰ることになった。
なまえの手の温もりは、まだ残ったままである。
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