serial | ナノ
汗もしたたるイイ男――それこそまさに。サンドバッグを相手に拳を振るっている、徳川家康。
現在、ボクシング部は家康以外に所属部員はいない。だから、こうして見学をするにもためらいは一切ないのだ。

「ふぅ、暑い暑い」

そうして汗を拭う姿も素敵である。

「先輩、タオルどうぞ!」
「おお、ありがとうなまえ」

顔を拭って、タオルを首にかけた。
家康は爽やかな笑顔でなまえを見つめると、――――家康はいつも、まっすぐな目をしている。こんな風に笑っているときでも、まっすぐだ。ただ見つめているだけではなく、自分のすべてを見透かしてでもいるような感覚を思わせるものだった――――「やはり誰かが見ているとボクシングもやりがいがあるな。それがお前だったら、尚更だ」
と、そんなことをさらりと言われなまえは頬をぽっ、と赤く染めた。それを紛らわすように、視線をいろんなところへ巡らせる。

「そうだ。なまえ、見ているだけじゃつまらないだろ、お前もやってみるか?」

と家康はファイティングポーズをやってみせた。

「……え? いや、無理でしょ! 無理です! 死にます!」
「お? いや、違う違う」

構えを解いて、家康はなまえの手を握った。そしてサンドバッグを指差す。

「相手はあれだ。わしの相手は……邪魔者が消えてからだな」
「じゃ、邪魔者?」
「ん? いやこっちの話だ。よし、じゃあ構えてみろ」

なまえは手を引かれ、家康のされるがままにぎこちなくファイティングポーズをとった。

「こ、こうですか?」
「む、もう少し腕をだな……」

後ろから腕を握られ、家康はなまえの背に密着しながらの指導をした。
体は大きいものの、家康の接し方はとても柔らかく、優しかった。なまえの心臓はなぜか大きく波打ち、体は氷のように固まっている。

「せ、せんぱ……せんぱ……ちょ」

もうなにを言っているのかわからない。とにかく、密着していた。目の前はサンドバッグだ。
真後ろは家康だ。

「なんだなまえ、体ががちがちじゃないか。いいか、ボクシングは力を抜くことも大切だ」
「は、はい」
「……いいか、なまえ。力を、抜くんだぞ」

耳の近くで、家康の声と呼吸を感じた。顔がすぐ側にあることがわかる。今度は、氷が溶けてしまいそうだ。今だけ空気になりたい。空気になって家康に吸われたい…………――と、その時。
なまえの意識が元に戻った。
扉を開け放つ激しい音が響いたのだ。
家康となまえは扉へと顔を向けた。
その瞬間、家康は少し強くなまえを抱き寄せた。――当人のなまえにもわからないほどの強さで。

そこには、細い目をめいっぱい丸くした三成が立っていた。口は半開きだ。

「扉はもう少し丁寧に扱ってくれ、三成。なにか用か?」
「き……さ…………ま……ぁぁあぁあ」

三成が怒りに怒っていることはなまえでもすぐにわかった。

「ん? なにを怒っているんだ、三成」

家康はなまえから離れることなく、あくまで穏やかにそう言った。しかし今の状況でそんなことを言うのは、誰が聞いても白々しいと思うことだろう。

「おのれいぃぇえやすぅぅう! そいつから離れろ! さもなくば斬滅だぁぁ!」

三成は目玉を飛び出るほど見せつけながら木刀を取り出して家康へと駆けた。

三成は、ただなまえを探していただけなのだ。
よりによって、三成とは万年不仲の家康と絡んでいたところを発見されてしまった。

帰り、結局なまえは三成にゲンコツと怒声を浴びせられたのであった。
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