彼女は、着物を小綺麗に着こなして、いつもと変わらない笑顔でこう言った。
「今までお世話になりました。」
手には大きな荷物を持って、俺たち万事屋の前に立っている。
彼女の目は、決して揺るがなかったし涙さえみせなかった。
「みんな、元気でね!」
俺は、軽く言葉を返すことしか、ただ遠くなる彼女の背中を静かにみつめることにしかできなかった。
「銀ちゃん?」
「‥‥あァ」
心配な声で尋ねる神楽をよそに、彼女がみえなくなっても尚目を逸らすことなく眺めていた。
「銀さん。ほんとうにこれで良かったんですかね。」
「ったりめーだろ。あいつが言って決めたんだ、誰も文句は言えやしねェよ。」
「でも、銀さん!」
新八の言いたいことは、だいたいわかってた。
でも、あいつが決めたことだ。
「いーんだよ。あいつが選んだ道が幸せなら、それでいいじゃねェかよ。」
なぁ、真央ちゃんよォ。
いつも「銀さん大好き大好き!」とか「構ってくれないと浮気するもん!」なんて言って、まっすぐ好意を向け続けてくれてたじゃねェか。
馬鹿みてーに、ヘラヘラ笑って俺や新八や神楽に囲まれてたじゃねェか。
なのに、突然、「結婚するから万事屋を出ます」だァ?ふざけたことぬかしやがってよ。
挙げ句の果てに、俺ァてめェに幸せになってほしいと思って手放したらコレってか。
「目ェあけろよ、馬鹿女」
「‥‥‥‥」
「タヌキ寝入りかァ?銀さん相手にそりゃーナメられたもんだな。」
「‥‥‥‥」
「何とか言えよ、ったく。恥ずかしがり屋かなんか知らねーけど、てめェは中学生ですかコノヤロー。」
ああ、あたしもついに叶わない夢さえも、みえてしまうようになったのかな。
だって、あたしの目にうっすら銀さんが映ってみえるもの。
でも、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの。
どうしてそんなに泣きそうな顔をしているの。
新八くんも神楽ちゃんも、どうして泣いているの。
「真央さんんんッ!!からかうのも、‥ッいい加減にしてください‥!ぼ、僕だって‥ぐっ、す、怒ります!!」
「そうネ!こんなイタズラしていくら真央でも許さないアルよ‥!!」
みんな、おかしいよ‥。
いつもみたいに、笑ってよ。
あたし、みんなの笑顔大好きなんだよ。
「‥‥バカヤロー。どうやら俺ァめんどくせェ女に惚れちまったみてェだ‥」
へへっ
あたしのこと好きなくせに、ベタ惚れなくせにね。
「てめェ、ほんととんでもねェ女だわ」
たくさんの機械に繋がられ、ほとんど機械のおかげで呼吸しているような彼女の頬を優しく触る。
すると、目を瞑ったままの彼女の頬に一筋の涙がつたう。
彼女は、生きている。
そう確信したときには、乾いた機械音が部屋中に鳴り響くだけだった。
ごめんね、銀さん。
あんな方法でしかアナタを手放すことができなかった。
ほんとうは、一番近くに、アナタの隣にいたかったの‥。
「‥ったく、気分悪ィぜ。」
彼女が病気を患っていたのを知ったのは、たかが30分前の話だ。簡単には、許せるわけがねェ。
すまねェな‥
何にも気づいてやれなくて。
銀さん、ダメだよなほんと。
「俺ァ、さよならなんざ言わねェからな、馬鹿女。」
だから、またいつもと変わらず、笑っててくれねーか?
俺や新八や神楽に囲まれて、いつもみてェに笑顔でいてくれねーか‥?
ずっと、
そのまま笑っていてくれりゃァいい
‥ッたくよ、ほんとめんどくせェ女だよてめェは。
てめェのせいで目から鼻水でちまったじゃねェかコノヤロー
▼精一杯の強がり。
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