──目の前には、ただ真っ暗い闇が広がっていた。
地を踏み、分かったことは、灰色の空と降りしきる雨だけだった。


其処に、私は一人たたずんでいた─‥。






出口の無き、暗闇にたった一筋の光。長髪の少し色白の男の人が、一人の少女へと手を差し伸べる。

優しく微笑むその人は、しっかりと少女の目を見据えていた。



「私、は‥‥だれ‥?」




自分が何者なのか、なぜ此処にいるのか、私が誰なのか、誰も教えてくれなかったんじゃない。ただ私が知らないのだ。

差し出した手を、少女は恐る恐る握る。
その人は、また微笑んで少女の手を優しく握り返した。




───私が誰なのか。
どうして、ここにいるのか。

ねぇ、私は、誰なの?




いつしか、頬を流れる生暖かい水滴に気づく。その人は、その少女の瞳に零れる水滴を優しく拭う。



雨が当たるのに、なぜかそれは冷たくはなくて、どことなく温かいものだと少女は一人そう感じていたのだった。













それから、また季節は巡って桜が綺麗な薄いピンク色を色づけていた。


「ねぇ、小太郎。」


右隣に座る少年に、少女は問う。


「どうした?」


小太郎と呼ばれたその少年は、振り向くとぱちくりと瞬きをしてから返事を返した。


「桜、綺麗だね!」

「‥あ。ほんと‥‥綺麗だな」


小太郎は少女が指をさした方向へ目を向け、小さく呟いた。
数ヶ所ヒラヒラと舞い落ちる桜の花びらも目につく。


「ね、晋助もそう思うでしょ」


桜の方を見ていると、左隣に座る晋助と目があう。
それに気づいて、にっこりと笑みを浮かべた。



「‥‥晋助?」


返事のない彼に少女が覗き込むと、少し視線を下に移してから興味がないといった感じで言葉を吐いた。


「‥‥‥そうだなァ」




ヒラリ

ヒラリ、と

綺麗なピンク色をした桜の花びらが少しざわついた風に乗って、舞い踊っている。








──あの雨の日から数ヶ月。

私は、あの日優しく微笑んだ男の人の手をとり、今その人が開く村塾で毎日学びを受けている。
そして、両親がいた記憶もなく名前さえ分からずにいた私にその人は居場所をくれた。



「松陽先生ー!どうしたんですか‥?」

授業が終わると、松陽先生と呼ばれるその人に話があると言われた私は、その人の後ろをトコトコとついて行く。

松陽先生は、一旦立ち止まると優しい目をして私と同じ目線にかがむ。


「真央さん」

「‥‥‥」


松陽先生は、私の頭を優しく撫でて微笑む。キョトンとする私に言葉を紡ぐ。


「新しいお友達です」


ちょうど松陽先生の後ろに隠れている銀色の綺麗な髪をした少年と目が合った。


「え‥‥‥‥」

「銀時くんです。仲良くしてあげてくださいね。」

「‥‥‥」


松陽先生は、銀時と呼ばれる少年の頭を優しく撫でる。
少年は、キョトンとしたまま何も言わずにこちらを見ている。



「真央‥‥私、真央って言うの。よろしくね、銀時くん!」

「‥‥‥」


真央はにっこり笑みを浮かべるが、彼はまだキョトンとした顔をしている。


それでも気にもせずに、少女は少年の手をぎゅっと握りしめて歩き出した。





01 掴みとった手


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