あたしは、仕方なく隣の住人の部屋にあがることにした。

といっても、彼との時間を過ごすわけではなくて波江さんと呼ばれる臨也の仕事の秘書さんに会うために、だ。





「波江さーん」


真央が部屋に少し入ったところで、大きな声で名前を呼ぶ。
それに気づいた波江は少し驚いた顔をしてから、淡々とひとこと呟いた。



「あら、真央。
‥‥‥フラれたのね」

「ちょーっと!!何か惨めになるってば、波江さん!!」


"フラれた"という言葉で真央の動きはぴたりと止まり、すぐさまに言葉を返した。

ふたりして、そこを強調しなくてもいいじゃない!




「いらっしゃい。」

「うっうん」


歓迎の言葉に真央は満足げに笑みをこぼしている。




「それより、真央。なんでフラれたの?」

「‥‥‥臨也」


人がせっかく忘れようとしていたのに‥!こいつはデリカシーがなさすぎだよ!


真央は、軽く拳を握る。
それが臨也の身体に当たるまでに、うまく真央の拳をがっちり受け止める。




「女の子が乱暴はよくないなぁ。」

「なっ‥!」


そのまま、ぐいっと臨也の腕の中へと流される。



「なっななななな、何してっ!!」

「人間カイロってとこかな」

「離してよっ変態!」




ああ、なんだ。
そういうことか。

彼なりの慰め方。


あたしが泣かないように、
こうしてくれているのだろう。





「真央、太った?」

「‥‥‥‥殴るわよ」




‥‥優しさだと思いたい。