「な‥‥ん、で」





家路に帰る途中だった。
ただ、それだけだったのに。
どうして、この人が普通の顔をしてあたしの前にいるのだろう。


会いたいなんて、そばにいたいなんて思ってる人なんかじゃなかった。



「‥‥真央、久しぶりだな‥。」


紛れもなく、部屋の前であたしをフった元カレだった。



「な、に‥しにきたわけ?」

「相変わらず冷てぇのな。」

「関係ないでしょ‥!」


どうして、だろう。
震えが止まらないのは、なんでだろう。



「フってもメソメソしねぇと思ったら、男がいただけなんだろ?」

「は?」

「昨日は、惜しかったよほんと。まぁ今頃はお前の大好きな男とやらは殺られてるところだろーよ!ハハッ」





なんで、
あたしはこんな男と
一緒にいたのよ。



「なんで‥ッ!」

「ハハッ、テメェがムカつくからだよ。あの男の前では弱りやがってよォ」


目を鋭く見開くこの男は、あたしの知っている元カレだなんて思えなかった。

手足の震えも止まらない、瞳から溢れる涙さえ止まらなくなった。なんて無力で、弱虫なんだろう、あたしは。





「‥‥うっ‥‥‥ひっく‥ッ、い、ざやぁ‥‥!」



こんなときにまで、臨也に迷惑をかけてしまうなんて。巻き込んでしまうなんて。




「‥俺の可愛い真央ちゃんに触らないでくれるかな?」


急に視界が真っ暗になったかと思うと、あたしの目には大きな手が覆いかぶさってることにすぐに気づいた。

それも、この手の感触を、この温もりを、あたしは知っている。




「おま‥えっ!」

「君ってバカなの?こんな簡単な方法で俺を殺せるとでも思ったの?」

「うっうるせぇ!!」

「言っておくけど、真央ちゃんは簡単には泣かないよ。まぁ俺の前ではメソメソな弱虫なんだけどねぇ」




臨也、だ。
そばに、いる。

ただそれだけのことなのに、手足の震えはおさまり始めた。



「ただじゃ済まさないよ?君、シズちゃんの次くらいに気に食わないからね。死んでくれないかな?」


サバイバルナイフを突き出しニヤリと笑う臨也。
それをみた男の顔からは、嫌な汗がとめどなく流れている。



一瞬の隙を狙ったのか、男は真っ青な顔で猛ダッシュでこの場を逃げ出した。


すると同時に、あたしの視界も明るさを取り戻した。
臨也が手をどけたのだろう。




「い‥‥ざや」