久しぶりの我が家に足を踏み入れると、そこには笑顔で迎えてくれる実の母親の姿があった。
「おかえり、真央ちゃん、元気にしてたかしら」
久しぶりのせいか、あたしはお母様の姿をみてひどく安心する。
「へへ、うんっ!」
「‥まったく、あなたったら突然帰ってきて、なんで‥また‥‥」
さっきまで笑っていた母親も少し顔を歪めた。無理して笑っていてくれていたのだろう。
――あたしは、その意味をわかっていた。
「‥ごめんなさい、お母様。でも、ほら、あたしももう20過ぎだよ?結婚して、お母様を楽にさせたいのよ!」
「まったく、あなたって子は‥!」
「久しぶりだから今日は、一緒にご飯作ろうよ。」
「フフ、そうね。」
あたしは、お母様の手を引いて台所へと向かった。
ごめんね、お母様。
そう思いながら‥。
「土方さん」
「‥何の用だ」
一服しようとしたところへ、タイミングよく総悟の野郎が姿を現した。
「土方さん、知ってやしたか」
「何を、だ」
中々言い出さない野郎に苛立ちを覚え、乱暴な口調で言葉を返す。
「鬼の副長の背中を嗅ぎ回ってる奴がいるんでさァ」
「‥はァ?」
「奴らの狙いはアンタでさァ。‥‥でも、裏の手口を使った場合、どうなるか知ってやすか」
結局のところ、野郎の言いたいことが全くわからない。
なぜこんないつになく真剣な目を向けているのかすらわからない。
「土方さん、真央は実家に帰ってからそのまま結婚するんでィ」
野郎の言葉が最後まで何を言いたかったのかなどわからなかった。
けど、ただひとつわかったのは、俺の周りをチョロチョロ飛び回っていたあの女は結婚するんだということだけ。
「土方さんにとって、あいつは何でもねェってことですかィ」
「そんなこたァ言ってねェ」
最後まで笑顔でふざけてはしゃいでいた理由が、たった今になって分かったような気がした。
「十四郎、好きだよ好きだよ‥」
「真央?」
「ごめ‥ごめん、ね‥‥十四郎。」
「‥‥‥」
「っ‥‥ありがとね」
あの時、回されたあの女の手は何故かひどく震えていた。
でも、同じ言葉を何度も何度も繰り返しては俺の名前を呼んでいた。
「真央にとってのアンタは、昔も今も変わっちゃいねェ」
「‥‥‥おい、総悟」
野郎は、何を知ってこんな口を開いてるのか知るわけがねぇ。けど、これだけ真剣な目をしているということは真正面からあの女と向き合っているということだ。
「‥‥アイツがどう思うが、俺には関係ねェよ」
「‥‥‥ッ!あんたは、あいつのこと!」
「しったこっちゃねェよ」
――台所には、包丁のリズミカルな音だけが響き渡り部屋は寂しいくらいに静まり返っていた。
「真央ちゃん?」
そんな中で静かに口を開いたのはあたしの母親である人物だった。
「なに?」
「本当に、いいの‥―?」
恐らく、近々結婚をするということに対しての質問だろう。
「真央ちゃんは、好きな人とかいなかったの?」
ピタリ
その一言で、包丁のリズミカルな音も部屋に響き渡るのをやめて一気に静まり返った。
握っていた包丁も静かにまな板へと置いた。
「お母様‥‥」
どうしたの、と言わんばかりの顔で母親は真央の顔をゆっくり眺めた。
「あたし、好きな人いたよ。すごく、すごく好きな人」
「あら‥初耳ね」
「ずっと、ずーっと想って来た人がいるの。」
自分でもかすかに声色が震えていることに気づく。それを見かねた母親は、優しく微笑んであたしの手をぎゅっと握りしめた。
「けど、好きな人には幸せになってほしいじゃない?」
「ふふ、あなたらしいわね。でも、それはどうかしらね」
「‥へ?」
相手もあなたには幸せになってほしいと思っていたら、どうするの?
一瞬、時間が止まったようなそんな感覚に陥った。
「‥‥‥へへ、‥‥あの人ならありえる話かも‥」
うっすらよぎる彼の姿。もう会えないのに、あたしはそれでも彼の姿を記憶から思い出から綺麗に消すことなんてできなかった。
幸せの分岐点
あなたは、あたしに幸せになってほしいと思う?
もしそうなら、あたしはこう答えるわ、
あなたの幸せがあたしの幸せ
なんだって。