アメフト部に夏休みなんか無いもんだと思ってたのに、ミーティングの日は昼過ぎで部活終了だと聞いて私が喜ばないわけがない。我ながらがっついたメールを送信すれば仲間とつるむことも無く真っ直ぐ家へ来てくれるものだから顔が緩んでしまう。さすが筧駿、よく出来すぎた彼氏だ。100点!


「お邪魔します」
「律儀だなあ、一人暮らしだから気遣う必要ないのに」
「そういう問題じゃねえよ」


ガサ、と無言で手渡されるコンビニ袋にはコーヒーのペットボトルが入っていた。お礼を言いつつ私の部屋へ駿を通してコップを取りに行く。毎回頼んでもないのに必ず何か持参してくる。超真面目。100点!


「はいどーぞ」
「どーも」


飲み物片手にしばらく他愛ない話を続ける。話題はやっぱりアメフトのことばかりだけど、最近の駿は本当に楽しくて仕方ないみたいだ。相槌を打ちながら自分のことみたいに嬉しく思う反面、少し寂しい。羨ましい。何が?駿が、アメフトが、チームメイトが?


「ごめんな」


いつの間にか落ちていたらしい視線を上げると、何やら察した様子の駿が少し眉尻を下げながらこちらを窺っていた。言葉を返せずにいると、駿は手持ち無沙汰なコップの残り僅かな中身を一息に煽る。ぐ、と動く喉仏を見つめた。まだ逞しくなっていく身体の過程を私はよく知らない。

何か言わなきゃ。


「ごめん、て」
「いや、ろくに会えてないしこんな話ばっかだ、困るだろ」
「別に困ってない、けど…」
「けど?」


沈黙が訪れた。そこ追求するなよ、10点。これで寂しいとかもっと一緒にいたいとか言ったらこの彼氏は出来が良すぎるから何かを犠牲にしてでも私を優先してくれる。それはわかってる、わかってるからこそ伝えられない。

黙りきったままでいると駿の大きな手が伸びてきて頬に触れる。力が入ってるせいか私の顔が妙に歪む。それでも彼の表情は真摯なまま崩れない。


「名前」
「…………」
「何かしたいこととかあったら言えよ。付き合うから」


ほらね。

かちり、と視線を合わせると駿の眼が瞬いた。その腕を掴んで立ち上がる。素直に引っ張り上げられた駿には私の旋毛しか見えてないはず。あとちょっとで泣いてたかもしれない、顔が見えないのは都合が良かった。


「…したい」
「ん?」
「昼寝したい」


急に話の雰囲気が変わって目前の相手から明らかに肩の力が抜けたのが見て取れた。そのまま飲まれてしまえ筧駿。


「駿と寝たい。てか駿の上で寝たい」
「は?」
「いーから!」


普段は屈強なラインマンでも不意打ちと驚きであっさりベッドに追いやられた。いやらしい目的はこれっぽっちもないけど、押し倒されるという状況でいつになく焦った顔をしているのが面白い。抗議される前に私は駿に文字通り乗っかった。大好きな広い胸板に頭を預ければ勝ったも同然だった。大きな溜め息のせいで上下する胸、心拍数は異常なし。ちょっとぐらいドキドキしてみろってんだ、30点。


「お前な」
「重いとか言ったらはっ倒すから」
「いや重かねえけど、…暑くね」
「エアコン下げれば」
「だからそういう問題じゃ…」


駿が最後まで言わず黙り込んでしまうのは、多分私の気持ちを思いやってのことだった。いくら強がったって駿には全部バレる。私が言うまでずっと待っててくれるのはありがたいけど、そんな心構えでいられる限り私は絶対弱音を吐かない。だって結局不満も不安も駿が消化してくれるんだから。

あたたかい体温がひどく心地よい。ぎゅ、と顔の傍らで服を握りしめると「伸びる」と駿らしい言葉が降ってきた。


「しゃーわせ」
「良かったな」
「100点…」
「なんだそれ」
「私の中での、駿の、…評価……」


安心しきっているせいか本当に眠くなってしまった。ゆっくりと頭の後ろを撫でられながら、いつもありがとな、なんて言われた。夢半分な意識の中で点数なんかなんの意味もないことを悟る。ほんの少しでもいい、たまにこうして傍にいてくれればいいよ。