「あら」
「…おはようございます」
「おはよう」


偶然にも朝、職員室前で進と名前は鉢合わせた。名前は日直当番であったために担任から受け取った学級日誌を抱えてドアを開けた矢先、進がいた。部室の鍵らしきものを手にしていることから、これも職員の誰かに用事があるのだろうと察せられる。
お互いの姿を認めた瞬間、決められたような形式上の挨拶が交わされた。進も名前も礼節はしかと弁えている。進はなぜか足を止めて職員室へ入ろうとはしなかったので名前はドアを閉めた。直に始業時間なので廊下に生徒の姿はない。このシチュエーションは彼女の中で告白されたときの映像とダブった。あれは夕方だったが。

(…なにかあるのかしら)

突っ立ったままの進に、表情には出さねども訝しむ名前。用事を隅にやりわざわざ対峙しているからには、彼が言いたいことがあるのかはたまたその逆で自分のリアクション待ちなのか。わからない。それを無視して翻ることも出来たろうに、名前はそんな気にはなれなかった。学年も違うしお互い部活動で忙しいので顔を合わせることがほとんど無い。これっぽっちも無い。こうして向き合うことすら告白以来だったのだ。次はいつ会えるとも知れない。

進は黙ったままだ。時間ばかりが失われていく。あと1分で始業、先に口を開いたのは名前だった。


「進清十郎」
「はい」


『示し合わせないと会えないよ!』

脳内で親友の言葉がリフレインする。恋人とはそうまでして会わなければいけないものなのだろうか?わからない。

(わからない…)


「あなたは昼休憩の時もトレーニングしているの?」
「いえ、昼食を摂ったあとは体を休めています」
「私もそうよ」
「…………」
「察したかしら」


傍らの窓から風が吹き込み名前の髪がなびく。それを押さえる手の白さに一瞬目を奪われた進は、やはり決められたかのような台詞を流す。


「では、中庭で」


名前が頷くのと同時に、教会にも劣らぬほど荘厳な鐘が鳴った。