高校内の有名人同士が恋人になったわけだが本人たちの周りは意外にも盛り上がらなかった。正確には盛り上がる雰囲気ではなかった、進も名前も友達が多いタイプではなかったし、何より二人とも色恋沙汰には到底結びつけられないような人種だったからだ。堅い。表情も言葉も身持ちもオーラもなにもかもが堅い。クラスメートですら彼らの恋愛情報は声を潜めて囁きあう程度だ。

ただ一人、進の部活の先輩であり名前の中学からの同級生である高見伊知郎を除いて。







「似た者同士というわけだが…」


相変わらず澄ました顔で次の時限の予習をしている名前。その隣席に座す高見が小さな溜め息をこぼすと、一瞬視線を寄越した。聞いていないようでちゃんと聞いているので油断ならない。高見もあまり干渉する気は無いのだが、かといって見過ごすこともできない。冷静に努めようとすればするほどこの奇っ怪な事実が上手く消化できず持て余してしまう。


『進に恋人ができました…』


桜庭が真っ青な顔でもたらした情報はとてもじゃないが信じられず長閑に笑っていたところに後からやってきた進がすんなり肯定したものだから、さすがに高見も動揺して手にしていたドリンクをバシャバシャ波立ててしまった。

それから一週間経つというのに二人の間にはなんの変化もみられない。三日過ぎたあたりでガンガン騒ぎ立てていた部内の連中も大人しくなった。

進も名前も、お互い恋愛(?)進行に関して四の五の口にする相手でないことが幸いしたが…


「逆に言えば進まないよね」


名前の机に影が落ちる。これも中等部からの付き合いである親友、高見の心中を察したのかややオーバーなお手上げのポーズまでつけてのお出ましだった。にも関わらず、いまだノートに視線を釘付けたままの名前は首を傾げてみせる。


「進める?」
「や、だから恋愛…つーかお付き合いには段階があるの」
「段階」
「そう。ただ好きですって告白してきた奴と翌日結婚できる?無理でしょ?」
「極論じゃないの」
「大差ないわよ」
「そうだな。真面目に考えたほうがいい」
「あらタカミー、聞いてないふりして聞こえてんのね?タチわるっ」


にしし、と怪しく笑う親友を一瞥すると名前は立ち上がった。授業用具を片手に抱えて凛と言い放つ。


「先に行くわね」


始業3分前の教室移動、彼女のお決まりの行動パターンの一つだ。有無を言わさぬ態度で颯爽と教室を出て行った。しっかり持ち物を手にしている親友はそもそも名前と行くつもりだったのだろう。すっかり忘れて名前の背を見送って立ち往生するばかりだ。高見も席を立つ。どちらからともなく出てくるため息にお互い苦笑してしまう。


「どうしたもんかね」
「信じがたいが事実だろう。第一苗字にその気があるのかどうか」
「気分だって」
「え?」
「気分で付き合ったっつってた」


ずり下がった眼鏡を指で押し上げながら高見は教室移動のため廊下へ足を進める。隣に並んだ親友は、いつも通りの光景に閉口した。男女構わず名前とすれ違ったのだろう、誰も彼も頬を染めてうっとりと、とうに消えた彼女の残像を追ったまま視線を動かそうとしなかった。

あららと呆れる親友に高見は呟く。


「嫌な予感がする」
「どんな?」
「本人たちでなく周りの第三者が猛烈に苦労しそうな予感」
「同感デース」


同時に自分たちがどうにかしてやらなければ、という義務感にも駆られてしまう。進は桜庭に託そう…と高見は再び眼鏡を押し上げた。