放課後、小平太にバレー付き合えよと誘われていたので外へ出た。空は厚い雲に埋め尽くされていて、夕飯前だというのに暗かった。雨が降るかも確証のない、夏と秋の境は天気が不安定だ。温いような寒いような風を感じながら池の前を横切っていると、すぐ隣の長屋廊下を歩いている女子とすれ違う。足取りがおぼつかない。目で追ってそれが名前だとわかったとき、既に俺よりも後方へ進んでいたので、やや早足で近付いた。


「おい」
「ひっ!」


がちゃがちゃがちゃ!

びくっと体を跳ね上げたその反応にも驚いたが、床に散らばったり突き刺さったりしているものに目をみはった。手裏剣だ。ざっと見て五十ぐらいはある。
荒い呼吸のままゆっくりと振り向く名前は今まで手裏剣を抱えていたであろう両手で胸元を押さえていた。かろうじて俺の方を向いてはいるが俺を見てはいなかった。若干涙を滲ませながら廊下の端を見ている。


「け、けま、食満くん」
「その、…悪かった。ビビらすつもりは」
「大丈夫、です…」


蚊の羽音ぐらいの声量で遮ると、しゃがみ込んで手裏剣を拾う。俺も廊下に手を付いて拾いながら一向に視線の合わない名前の顔を盗み見た。地面と廊下には段差があるためやや見上げる形となり普段よりも窺いやすい。しかし名前はじっと凝視されていることが耐られないらしく思いきり壁側に顔を背けている。背けているから手裏剣なんてろくに拾えちゃいない。つくづく挙動不審だ。


「これ何に使うわけ」
「あ、あし、明日のっ」
「落ち着け」
「授業の準備で…私、日直だから…」
「…運ぶの手伝うか?」
「ううん、私の、仕事だから」


正直頼りないが責任感はあるんだな、と少し感心した。とはいえ結局手裏剣は俺がほとんど拾った。結構な重量のそれは、鋭利に尖った先端部が非常に危険だと思う。眉間に皺を寄せて考えていると名前はまたも腕からぽろぽろ少ない手裏剣をこぼしていた。仕方がない。俺は自分の頭巾を解くと四方の端を結んで袋状にした。それに手裏剣を詰め、結び目を持ち手として名前に渡す。


「ほら」
「えっ」
「これに入れて運びな。素手で持ってると絶対怪我するから。お前の場合特に」
「ご、ごめんなさ」
「じゃなくて」
「…ありがと、う」
「そう。気をつけろよ」


まだなにか言いたそうだったが口を閉じてぶら下げるように両手で袋を持った名前の足取りはやっぱりふらふらしていた。去り際、こっそりもう一度だけ盗み見た顔は確かに微笑んでいた。
ハラハラしながら廊下の角を曲がるまで見送ると、すっかり忘れかけていた約束を思い出した。やべぇあいつ怒ってそう。耳を澄ませると小平太が馬鹿でかい声で俺の名前を連呼しているのが聞こえ、恥ずかしいので駆けて向かう。

未だ温度の掴めぬ追い風はなんだか気分が良かった。名前の赤くなった頬を思い出していた。