「たまにしょーもないことで喧嘩するよな」


包帯がぐるぐる巻かれた手でポッキーをばりばり食べながら重は呆れていた。間切はまたしても家の手伝いがあるからとっくに帰っている。そんなの口実で私の顔見たくないだけなんじゃないの?とか思うあたり私は不機嫌絶好調だった。網問ちゃんは散々迷った揚げ句、間切にくっついて行った(信じてたのに!)
本来なら間切と同じクラスである重がくっついていくべきだろうが重はあっさり放棄した。そういえば間切と喧嘩したときは重がいつも私の聞き手だった。多分重の中で考えたとき、相手が男か女かで判断基準が明確に分かれるのだろうと思う。女でよかった。いやどうでもいいけどそんなことは。


「今度友達と内側遊びに行こーってなってさ」
「うん」
「ショッピングモールとかめっちゃ興味あるじゃん、女子としては」
「そーだね」
「間切にそれ言ったの。そしたら私が外うろつくのは六時が限度だってさ」
「きっつー」


空になったポッキーの箱をばすばす潰しながら重は適当な相槌を打つ。


「ショッピングですよ?」
「はぁ」
「時間なんか一々気にしてらんないしそもそも電車もあんまり通んないし、必然的に夜は遅くなるもんじゃん?って」
「あーはいはい」
「そしたらあいつなんて言ったと思う!?」
「なんすか」
「日暮れまでに帰らないと誘拐されんぞ小学生、だと!」
「へ、へぇー…」
「小学生は例えだとしても、私そこまで子どもじゃないっつーの!」


ばぁん!ばぁん!と叩き割る勢いで机に手を付く私に重は何も言えないようだった。触らぬ神になんとやら、怒れる鬼になんとやら、だ。怖過ぎると正直に顔に書いてあった。見守るというその選択は正しいのだが状況は依然変わる気配はない。


「高校生が!門限六時!ありえなくない!?」
「も、もしも〜し間切〜…?名前大荒れして被害被ってんだけど…」
「ちょっとなに電話してんのバカ重!ふざけんなし!」
「ぎゃー!」


『おい』


繰り出される連続チョップを命からがら交わしまくる重、その手元から私が今一番聞きたくないロートーンの声が流れた。しばらく時が止まったが、さぁ聞けと言わんばかりの大きなため息を吐いてやってからストラップも何もついていない素体のケータイを引っ掴んだ。


「なんですかおとーさん」
『お前の親父になった覚えはねーよ』
「あのねぇ、私がねぇ、なんでこんなに…」
『今日うち天麩羅』
「は」
『来るの遅かったら無いと思え』
「ちょ、えっ、待て間切…!……切れた」


呆然としていると今度は重が私の手中からケータイを奪った。


「…どうすんの?」
「…………」
「帰れば?」
「………帰る」
「乗せてやるから」
「うん」


相手が終始貫徹で飄々としていたのでなんだかどうでもよくなってしまった。寧ろ早く帰ろうとすら思えたのでそそくさと鞄を掴んで重と教室を出た。だって間切家のご飯めっちゃ美味しいんだもん。特別約束はしてなかったけど間切が連絡したってことは間切のお母さんが言い出したんだんだろう、きっと。

ぎぃぎぃと自転車が鳴る。


「…油切れてるんじゃない?」
「あー、うん 油ってどこに注すの?」
「あんたね…」


重とニケツすることってあんまりない。いつもニケツは間切の後ろが当たり前で、自転車はもちろん背中も違うし運転も荒いしそれがちょっと新鮮だった。
(ちなみに網問ちゃんの自転車に荷台がないのは多分私を乗せるのが嫌に違いないからだ)


重の家は間切んちの反対方向だ。降ろしてもらって、聞いてもらった愚痴の数々も含めお礼を言った。ついでに事故らないように帰れ、とも。真新しい湿布が張り付いた頬を歪めて笑いながらああそうだね、とまた適当な相槌で返された。


さて。


(入りにくい…)


玄関前で立ち往生していると唐突にドアが開いた。


「どわぁあ!」
「なに突っ立ってんだよ」


いざ会うとやっぱり気まずい。よくよく考えれば心配してくれていたところを私が妙に意地を張るからこじれたのだ。喧嘩のパターンはいつもそうだ。ちゃちなプライドを曲げるのがいつまで経っても下手な私。


黙っていると助け船が出された。


「なんかあるだろ。一言」
「…………」
「言わなきゃ入れねぇぞ」
「…ごめんなさい」
「おう」


ぶっきらぼうに言い捨てると間切は身を翻した。玄関先に荷物を置き、その後ろへ控えめに続いていくと奥の台所からいい匂いがする。まだ準備中らしい。


「つーか誰と帰ってきた」
「え、重。重とニケツ」
「…………」
「運転荒いしケツ痛いわ」
「……やっぱ迎えに行きゃよかった…」
「なに?」
「なんでもねーよアホ女」
「クソ親父」
「てめぇ」