舗装された道の方が少ないこの土地は、愛すべき私の住み処。申し訳程度に並んでいるガードレールの向こう側から届く海の潮の香りや穏やかな気候、言っちゃ悪いが田舎特有の緩い温い感じはきっとずっと変わらないんだと思ってた。ここで生まれ育ったのだから死ぬときもここなんだろうと幼いながらに漠然と信じ込んでいた。小学生が終わって中学を過ぎて高校に入ったら、そんなことはないのだと気付かされた。

もっと大きな世界がある。ここで生涯過ごすのもいいけれど、別の場所で違う何かを見てみたい。学びたい。決して学歴が必要なわけじゃない、そんな時代なのはわかってる。就職率が安定していることで有名なあの大学はここより遥か彼方遠い。私の高校からは毎年ほんの数人が進学しているが、土地を離れると二度と戻らないのだと皆が言う。怪談話のようだが仕方のないことだと思った。田舎と都会、比べるまでもないんじゃないか。特に若い人は故郷の有り難みよりも新しい刺激を貪欲に吸収したがるだろう。

内側には海が無いのだと聞いた。
それに関しては特に何も思わなかった。






「ねー、お腹空いたよ」
「文句言うならお前が漕げ」
「げっ 女子にそういうこと言っちゃう?モテないぞー間切くん」
「…………」
「ぎゃああ危ない!ちゃんと漕いでお願いだから!」


わざと繰り出される蛇足運転に車体はあっさりふらついた。ただでさえでこぼこの裸地面、落ちたら絶対痛い思いをする。生意気な口きいてすいませんでした、そう謝ると馬鹿とだけ一言返して間切は黙々と自転車を漕いだ。

海が赤く染まっている。携帯を開いたら4時を過ぎていた。今日の夕飯は間切家にお世話になるので朝からずっと楽しみにしていた。


間切の家は、説明するとなんていうかそのまんま海の家。浜に飲食取り扱いの出店、そのすぐ傍らの道路上に生活をする家がある。
間切にはお父さんがいなかった。小学校に上がる前にお葬式へ参列した記憶がある。間切は驚くほど背がでかいがお母さんは対照的に小さくて可愛らしい人だ。しかし中々肝が座っているので、小さいころに私がいじめられると間切より早くお母さんが相手をぶっ飛ばしてくれた。私にはお母さんがいないので(死んではいないらしい。よくわからない)、本当の母親のように思ってる。厚かましいけど。

うちのお父さんと間切のお母さんは幼なじみだったようで、忙しいお父さんは間切家に私をよく預けた。おかげで間切と私は兄妹の如く長く一緒に育った。狭い地域だから小中学校は一つしかない。高校は少数だが自由に選べたけど何となく同じ学校にした。重も網問ちゃんも。私たちはしょっちゅう四人でつるんでは何か計画して事件を起こして怒られていた(間切は一応優等生だったけど見た目が一番悪かったので何もせずともついでという感じに巻き込まれていた)

間切は普段店の手伝いをしている。進路の話とかは特にしたことがなかった。だから高校生活も三年目を迎えた今、間切がこの先どこへ進むか私は知らない。もしかしたら初めての別れかもしれない。とはいえ私も具体的にどうするかはまだ曖昧だった。


いつの間にか家に到着していたのか自転車が止まった。間切を置き去りにして玄関を勢い良く開ける。今更遠慮なんかない。


「ただいまー!」
「はーい、ご苦労様。ご飯できてるよ」
「ありがとうお母さん!手洗ってくる!」
「…静かにできねーのかあいつは」
「あんたも手洗っといで」


今夜はハンバーグだった。空きっ腹に染みる、相変わらず美味しい間切のお母さんのご飯!ちゃんと洗い物のお手伝いしてから帰ろう。


「たまには重ちゃんと網問ちゃんも連れてくればいいのに」


お母さんの言葉につい間切と目を合わせる。


「網問はともかく重は無理だろ」
「そーなの?」
「重の一週間は補習部活補習補習補習みたいな感じだからねー」
「あー本当変わらないね重ちゃん」
「でしょー」
「おかわり」
「早っ」
「あんたちゃんと噛んでんの?」
「人並みに」
「変な子」
「同意です」
「お前に言われたくねぇよ馬鹿」
「うっさいハゲ」
「そーよハゲの危険性高いのよこの人!お父さんも若いのにちょっと危なかったから」
「海っ子だからすごい痛んでるしね」
「早く!おかわり!」
「おーこわっ」
「こわっ」
「もうお前うちの敷居跨ぐな」
「あんなこと言ってますけど」
「あんたが出ていきなさいよ、私本当は女の子が欲しかったんだから」
「あ、帰りどうしよう。さすがに自転車じゃないほうがいいよね?」
「電車で大丈夫なの?」
「多分ー」
「間切、あんた自転車でなんとか電車の横張り付いていって名前ちゃんが家に着くまできちんと見届けなさいよ」
「無茶言うな」


洗い物を済ませてお礼を言って、結局一人で帰ることにした。星が出ていた。内側では星があまり見えないって聞くけど信じられない、落ちてきそうなほどたくさんあるのに。

地元に降り立つとちょっとだけ淋しくなる。誰もいない自宅へ向かう。当たり前のように消えている明かり。…お父さんが次帰ってくるのはいつかわからない。
明日は重の勉強みてやらなきゃなあ。そう思っていると間切からメールが来た。内容は無事に到着したか、明日の朝は雨だからニケツは無理ということ。つい笑ってしまう。お母さんに似たのか結構心配性だ。


「もしもーし」
『なんで電話なんだよ』
「うん、ちょっと、ね」
『……明日、抜き打ちだと。古典』
「えっなにそれ知らん!古典て…うちのクラスが先!?」
『情報頼んだ』
「この野郎ォォ」


重よか自分が危ういじゃないか。ていうか明日雨とか云々より先にそのこと話して欲しかった。電話が切れてすぐ網問ちゃんにメールしたら私と同じ反応だった。苦手でも平均以下は取りたくないので徹夜だなもう。頑張ろう。