稀の休みであった。常時暇が欲しいとぼやいてはいたがいざ暇を出されると何をすべきか皆目見当もつかず、持て余すばかりでまるで意味がない。何もしなくていいから暇であるのに何かしなければと焦るのは滑稽以外の何物でもないだろう。
実に長閑な昼下がりだ。半端に開いた窓の隙間から畳に向けて柔らかな陽が滑っていた。傍らには部下が寝転がっており、こいつもやはり持て余した風でいる。話し相手にしても幾らか物足りないが今はこの空白を潰せればなんでもいいような気分だった。


「…唐突に休みを貰ってもやることがねぇ」
「同意。しかし近頃はいくさ続きでしたからね、有り難いっちゃあそうなんですけど」
「まぁな」


緊張感無しに呆けられるというのはそうあることではない。いつだって紛争ばかりのこの城に、まともに就職し仕えてニ年は経過したが日々を生きた実感はまるで湧かなかった。めっちゃ仕事だらけ。忙殺されて自分がなぜ忍者しているのか意義を考え直すこともままあったが、まだやり甲斐を見出だせる内は華だと思う。だから、こうして不意に休みをぽんと出されると困ってしまう。半日ならまだしも五日は固いという。別に暇をもらう為に働いていたわけではないのに、上手く回転したものだ。

ごろりと寝返りを打って部下が俺を見上げる。


「町にでも行きますか?」
「何しに」
「うーん、女とか」
「あんまり女には縁がないからな…」
「顔が怖いんですよ」
「このやろっ」
「あだっ」


無防備な顔面に平手を叩き落とすと鼻が潰れたのか不明瞭な発音でしばらくもごもご言っていた。


「先輩、ここに勤めて長いんでしたっけ」
「忍者成り立ての若造の頃に一回来たんだ。一年過ごしてからしばらくフリーやって、…一昨年からか。まともに就職したのは」
「じゃあここの姫さんって見たことあります?」


姫というのは言わずもがな城主の娘を指している。
見た、といえば見たが随分と遠い記憶にその姿はあった。のし上がる為ならえげつない所業など揚々行う父親には似ず、娘は随分と機微のある凛々しい顔付きをしていたように思う。
最後に見かけたのはいつだったろう。こちらに駆け寄ってきたとき、軽く持ち上げられた気がした。五つか六つ、それぐらいだったか。


「あ、面識はあるんですね」


不意に意識が場へ引き戻される。あるぞと告げたらなぜかそこで会話は途切れた。

父がああだというのに、姫の方は顔のみならず性格も異なるようであった。病弱なのか変わり種なのか知らないが自室に篭りきりでその姿を見た者など極小数もないそうだ。外でばかり活動する忍者隊なら尚更のこと。姫の護衛は別の役方として存在するし、こちらはそもそも身分的に謁見すらおこがましいのだが。
噂には別嬪だと聞いた。しかし。


「ガキだろう」
「もう十七だか八だか…そろそろ嫁入りに具合の良い歳じゃなかったですかね」
「なにっ」


ならばもうあれから十年は経過している。俺もまぁ歳を食ったと感じる反面、それを考えると見たい―――…かもしれない。一度首をもたげた好奇心はゆっくりと膨らむばかりで、どうせやることもない、身分差など杞憂の種にすらならない。忍びならこちらの得意分野だ。

見るだけ。見るだけでいい。

腰を上げると、能無しの部下は締まらぬ笑顔で俺の行く末を見ていた。


「くれぐれも馬鹿な事ァしないで下さいよ」


何の忠告にもなりやしない。馬鹿というならお前がそうだろうよ、とひとつ蹴り飛ばすと薄っぺらい体から奇声が捻り出た。踏み付けた蛙の方がまだマシな声を出すに違いない。職権乱用だなどと騒ぎ立てたがその単語は全くこの場に適していないので軽く背で受け止め襖を閉じて遮った。