「美人だねぇ」


その一言に頷くだけで返した。

暖冬、だという。年の瀬に似つかわしくない暖かな陽に照らされながら瓦屋根のてっぺんに座っているのは鉢屋三郎と不破雷蔵である。同じ顔(正確には三郎が雷蔵の変装をしているのだが)を引っ提げて見やるは枯れ葉が散り散り積もる地面。そこにぽつりと色を付けるように六年の装束姿が二つ、こちらに背を向けて立っている。
顔を見ずとも誰だかわかる、片方は結い上げた真っ直ぐな黒髪を風に靡かせて対照的な白い項を露わにする名高き作法委員長。もう一方はしゃんと背筋を伸ばした女子であった。姿勢のみならず迫力ある背の丈で、横に立つ仙蔵よりも若干高い。良く目立つ人物だ。
両者は何か話しているらしく、時折相槌を打ったり、手を動かしたりしていた。

雷蔵が前のめりになったので三郎はその首根っこを掴む。二人はよくこの場所から下を通り過ぎる人々をぼんやり観察するという暇潰しをしていたが、以前雷蔵は熱中し過ぎて屋根からずるっと落下したことがあるのだ。無事に着地したとはいえあんな肝の冷える思いは二度と御免である。本人もそれがわかっているのか眉を下げながら笑い、三郎と顔を見合わせてから視線はまた地面へ。熱に浮く息を吐いた。


「あの二人、すっごい絵になると思わない?」
「あぁ」
「中性的だよね」
「うん」
「いいなぁ…」
「そう」


適当極まりない三郎の返事を咎めることすら忘れてきゃあきゃあ騒ぐ雷蔵に、女子みてぇだな、と呟いたら困った笑顔で「やめてよ!」と肩をクソ強い力で弾かれた。可愛いような顔をしてこの男は中々やる。ファン心理というやつかわからないがこちらこそその妙なオーラを発するのをやめていただきたい、などと思いながら三郎は頬を攣らせてまたもぼやいた。


「二人とも性別どっち付かずの顔してるもんなぁ」
「ちょっと三郎、それは…」


はたり。

時を止めて双瞼が合う。雷蔵、三郎と仙蔵、名前。こちらを見上げている二人の美しい顔はにやりと歪んだ。
やばいと思う前に一風吹かして、雷蔵の隣から声が。


「それはつまり私がカマくさいということか?」
「ひっ、いえ、滅相も…」
「じゃあ私はナベくさいんだ」
「ははは」
「鉢屋、お前な!」


三郎の隣からも声がした。上級生に萎縮する雷蔵とはまるで正反対な態度をとる三郎の脇腹を名前は肘で小突く。二人は最初からそこにいたふうに雷蔵、三郎を挟み込んで両端に座っている。


「上級生を盗み見とは大した度胸じゃないか」


仙蔵がうっすら囁くと、雷蔵は青くした顔を横に振る。あまりの勢いに頭が取れるんじゃないかといらぬ心配をする三郎にはまるで根拠のない余裕がみられた。


「ごめんなさい!誓って話の内容までは聞いてません!三郎も謝りなよ!」
「いや、私はお前に付き合ってただけだし。悪いのはお前一人」
「そんな!」
「鉢屋のあの発言がなけりゃ放っておいたんだけどねぇ」
「いつもこんなことをしているのなら実に質が悪い。なぁ?」
「ひっ」
「仙蔵、あまり虐めたら可哀相だ」
「そうですよー先輩」
「あのね、言っておくけど鉢屋は対象に含まれないんだよ?」
「いやーん先輩」
「非常に不愉快だな」
「…仙蔵、不破が」
「ん?あぁ、おい。お前に言ったわけじゃあるまい、泡を吹くな」
「だ、だってまるで自分が怒られてるみたいで…」
「不憫だなぁ」
「お前のせいだろうが…」


猫のように背伸びをする名前。まだ何か問答している仙蔵と雷蔵を横目に、にやにやと笑む三郎に話しかけた。


「あぁそうだ、鉢屋。化けの皮ある?」
「なんすかそれ」
「顔料だよ。ちょっと用入りなんだけど今から作ってると到底間に合わない。鉢屋ならいっぱい持ってそうだし少し分けて欲しいなー、なんて」
「こっちだって苦労して作ってるんですよ。お代は?」
「………思い付かないな。何か望みは」
「じゃあその胸触らせてくだ、がっ!」


両手を突き出した三郎は手加減無しの馬鹿力によって沈められた。手を下したのは名前ではなく、今度は顔を別の意味で真っ赤にさせている雷蔵だった。


「三郎!馬鹿!破廉恥!」
「で、出来れば名前先輩に言われたかったその台詞…!」
「全くもってたくましい奴だなお前は」
「同情するよ不破。とりあえず胸は却下。第一そんなことしてみろ、あの連中がタダじゃおかない」
「あの連中?」


首を傾いだ雷蔵。頭の後ろを撫でながら三郎が舌打ちの後に引き継いだ。


「四年だろ…無駄にキラキラキラキラしやがってムカつくんだよなあの学年。やたら名前先輩を包囲してるし」
「お前どちらかといえばくすんでいるからなぁ」
「立花先輩、喧嘩売ってるでしょ?」
「いや、別に?」
「…もう行こう、仙蔵。飯食いっぱぐれる」


名前の言葉を受け、仙蔵はくるくると器用に前回転しながら地上へ降りた。そう高さは無いが、軽やかな身のこなしはやはり最上級生であることを提示している。ちなみに彼の辞書に待つという単語はないのでそのまますたすた行ってしまうのを見て名前も立ち上がった。


「じゃあね、不破」
「はっ、はい!」
「あれ、先輩、私は?」
「おーい待てよ仙蔵ー」
「あれ?」


三郎が横を見ると雷蔵が不振な目つきで見返してくる。頬にまだ赤みを残していた。お前だって触ってみたいだろ?とボインのジェスチャーをしたら今度は意識が飛ぶほど強烈なげんこつをいただいた。






「あ」
「どうした」
「皮の話投げてきちゃった」
「…また後で聞きに行け」