「先輩、もしお暇でしたら私に戦輪のご指導願えますか」
「うん、いいよ」
「いいや、私と新しい火器砲弾の研究を…」
「駄目だよ、私と穴掘るんだから。ねぇ、名前先輩」
「えーと」
「なんだ後からわらわらと!一人でやれ!」
「お前なんぞの指導よりも研究の方がよっぽど有意義だ!下がってろ!」
「はい、シャベル」
「あのさぁ」


放課後、唐突に言い争いを始めた忍たま四年生達。次第に激化していく様子を眺めながら渦中の人物は眉尻を下げ、若干困った風に笑っている。


「お腹減ったから先に食堂へ行かないか」


異を唱えよう者などここにはいない。一発で沈静した彼らは鮮やかに賛成を口にしては彼女の両手を引き、背を押し、食堂へと向かう。







苗字名前、人呼んで忍術学園のオスカル。抜け出る高身長に直線的な四肢、凛とした顔立ちに加え気さくな性格がくのたまに絶大な人気を誇る六年生の女子である。

最近の悩みは齢十五にして恋の一つも経験がないことであった。告白されたことは多々あるがいずれも差出人は女子であり、過去に山賊相手に素手で迎え討った武勇伝を持つ彼女もさすがにその一線を越える度胸は持ち得ておらず、未だに誰とも付き合ったことがない。
恋に恋する、とはいえ最低限の望みはある。自分より背が高くて強いこと。優しいこと。男であること。だが同期の六年連中はよくつるむぶん腹積もりがお互い充分に知れているので恋愛対象になり得る希望はこれっぽっちもない。
悩みは悩みであるが、そもそも色恋に現を抜かす隙あらば鍛練でもしていたほうが身のためだなどと自分を諌めてしまう名前。目指せ最強のくの一。既に学園内で彼女に敵う女子などいないのだが…
これが恋愛を遠ざける原因の一端であることに彼女は気付いていない。人柄は良い。男女隔てず後輩の面倒をみることが割合多いので慕う人間は多かろう。

そんな名前の周りをいつの間にか、何かにつけて派手派手しいと評判の四年生達が固めているのが定番となっていた。特に綾部はよく懐いた。気付くと隣にいるか穴を掘っているか、どちらかの姿しか名前は未だ目にしたことがない。隣にいようが口をぽかんと開けたまま何をするでもなく、また、穴を掘っていても差して目的があるでもなく、正直綾部の所業に真意を見出だすことは出来ない。実際たいした意味もないので知る由もないだろう。
特に自尊心の強い学年だったが、自慢話も喧嘩もマイペースも気後れせずに面倒をみて時に叱る、若き教育者のような名前に彼らなりに惹かれるものがあったのかもしれない。後は勝手に奉り上げて騒いでいるだけだから懐かれる当人にしては迷惑甚だしい代物だが彼女もどこかしらズレていた。後輩であるという時点でなにもかも許してしまえる、並ならぬ懐の広さ。それがまた魅力的に映るのだろう。悪循環と呼ぶかどうかは周り次第だが。

ただでさえ得体の知れぬオーラがみられる彼らだがそこに名前が加わると一層まばゆい。宝塚のようだ、と称したのは彼女の数少ない親友の一人である立花仙蔵であった。暴言の枠を越えぬその言葉を受けて、お前も充分その団体に入れる美形じゃないかと勧誘したところで笑顔で辞退するだろう。こんな連中の仲間にみられるのも心外だろうし、そもそも後輩の面倒なぞみる気にもならない。委員会活動は別にしても、だ。面倒事は御免だという精神は例え親友だろうと叩き折ることは不可能、彼もまた自尊心高き人物なのである。