それを悪循環という。
確かに名前は嫌っていた。
いかにして振り切ろうとも怯まず、諦めず、付き纏う七松小平太にいい加減辟易していた。
それゆえ夜間実習などでペアを組まされるとわかった時、決まって名前は絶望を顔に貼り付け立ち往生した。傍らには対照的に、いつも通りの能天気な笑い顔。
彼女の心を汲み取ったのか、空模様は芳しくない。しかし雨が降ろうが降るまいが解決する問題など何もなく、たとえ騒ぎ立てたところで聞く耳持たずに送り出されるのが実習の規律。どうしようもない。
小平太が袖を引っ張るのが煩わしい。
「よろしくね」
「…最悪」
一言吐いて見向きもしない。
最悪なのは名前の態度だが、小平太は然して気にするでもなく手を差し出した。
「なに、この手」
「え、握手」
「しない」
「でもペアなんだし、これから…」
「もううんざりなの!」
ぱん!
握られずに勢いよく叩かれた掌に小平太は顔をしかめる。お構いなしにぎらぎらと自分を映す瞳孔を正面から受け止めて、少し悲しくなった。
そんなに嫌われる覚えはない。
戸惑っていると、苛ついた口調で尚もきつく吐き捨てられた。
「あたし、一人で行く」
強まる雨足の中、背が遠ざかってゆく。
小平太にはわからない。
知ろうと歩み寄っても、途端に離れて距離を保とうとするマヤの心が。マヤがなぜあれほどまでに他人を拒むのか、わからない。
ざ、ざぁと雨が全身を打つ。侵食するかのように頭から爪の先まで冷えてゆく。地響きの如き耳鳴り。
どうする。
「…追いかけなきゃ」
目を閉じれば、ぼたぼたといろんなものが頬を流れ落ちて心の底から邪魔だった。
ひとつ鼻をすすって、鬱憤も雨垂れも何もかも振り切って小平太は走り出した。
いつも一人ぼっちで震えるんだろう。
悟られたくないから一人なんだろう。
それは他人の心情に敏感な小平太にしか知りえないことだった。好きな人のことなら、尚更。
もう冬は終わったのだ。寒さに怯えることはないし、一人でなんていなくていい。
ぬかるみが足を捕らえてもまるで気にせず、全身は力強く前へ前へと進んでゆく。
遠ざかる名前。それを追う小平太。
その根拠とは一体何なのか。
巡り巡るこの循環を、誰も知らない。