「佐武村へ?」
私のとぼけた声に頷いた照星さん。
昌義殿直々の呼び出しで、と背中越しに経緯を語られても右から左へ流れてしまい、どうも話についていけない私をほうって照星さんは支度を始める。
その姿を眺めながら脳細胞を叩き起こしフル回転させてやっと情報を整理した結果、照星さんはここを出ていくのだ、という事実が判明した。
一番弟子の私を、おいていくのだ。
今までずっと一緒だったのに、辺りに転がっている見慣れた私物も淡々とまとめて立ち上がる。
あっ、と思わず忍服の裾を摘むと普段通りの顔が振り向いた。
「なんだ」
「私、えっと」
「早く言え」
「…照星さんに教えてもらいたいこと、まだたくさんあります」
だから行かないで下さい、なんて子どもみたいな駄々をこねる。
呆れた顔のような違うような無表情。
「お前ももう一人前なのだから…」
「…………」
あまりにも想定内な返事に観念して裾を離した。
相変わらず照星さんの表情は読み辛いけど、それを無理にでも読むのが私は得意だったし、特権だと勝手に思っていた。
一人前の一番弟子が困らせてどうするの。
うつ向いている間にも日が暮れる。でも割りきれない。
見送りの言葉すら浮かべずにぐずぐずしていると、ぐり、と頭を強く撫でられた。
「一人前なのだから、自分の好きなようにすればいい」
「え」
耳を疑った。戸の開く音。
それってどういう意味ですか?まさか一緒に居ていいんですか?本当ですか?
どれを言おうか迷ってる内に手を掴まれ外へ走り出した。
「急がないと間に合わない」
もうどこにでも連れて行って下さい。手を伝って顔に眼に熱が、熱が止まらない!
最後に振り返った室内は何の私物もなくすっからかんで、照星さんは最初から私をおいていく気などなかったのだと気付いた。