まさにアンビリーバブル!


「………先輩、ついに頭まで」


傷だらけの両腕を思い切り広げて鼻息の荒い私を残念かつ哀れそうな視線で捉える。
川西左近は本日も絶好調に不運委員。正座した膝の上には救急箱。私は今日も絶好調に怪我人でした、これ反語。


「じゃあ聞くけど左近くん、不運委員の仕事は日替わり当番制だったよね?」
「不運委員って言わないでもらえますか」
「にも関わらず私が医務室に世話になるたび君が当番とはなんたる奇跡」


これを愛といわずして何と例えよう!

実に白けた雰囲気。
室内を天気図で表すならば、空気は綺麗に二断されるだろう。高気圧と低気圧、もれなく嵐の予感だ。

しかし恥というものは母の腹の中へ置き去りにしたこの私、どんな逆風があろうともツッコミがなかろうとも決してくじけることはない。多分。
そんな私に向けられる冷たく細めた目つきは胸中がだだ漏れ。きっと早く帰ってくれないかな、とか思ってるんだろう。左近の考える事ならなんだってわかっちゃうのだ。


重々しく開口。


「早く帰ってくれませんか」
「やっぱりね!」
「それに、こうも頻繁だとそのうちブラックリストに載りますよ」
「えっなにそれ」
「一個人の為に薬品を消費するのは只の無駄ですから」


訪問がある一定数を越えた人はもう看ないことにしようって決めたんです。

マニュアルくさい説明は巻き取る包帯へじっとり吸い込まれた。

嘘か真か判断は付け難い。
怪我しても面倒看ませんなんて医務室の意味あるのかな?

否、問題はそこじゃない。この私が医務室立ち入り禁止?そんなまさか。そんな馬鹿な。
動悸が不純でない事を証明しようと焦った口が咄嗟に吐いたのは


「お気に入りなの!」


左近くんが、って、おっとこれは不純じゃないか私の馬鹿!そんなまさかの馬鹿でした!
今ちょっとだけ恥ずかしくなった。どうやら母の中には何も残さなかったようだ。よかったよかった。

幸いな事に、丸くなった目は勘違いをしてくれた。


「布団ですか?気持ちいいですからね、ここの布団」
「そう…じゃなくて…あっうんそう うへへ、照れる」
「きしょい」


ボキャの少ない私はその後ひぇーとしか言えず黙り込んだ。
沈黙。正直、重い。
嵐よ吹くなら吹け、そして未だに恥ずかしいままの私をもうどうにでもして身も心も。


「左近は…」


呟き。やっぱり重い。この先なんていうか全く考えてなかったんです。国語はあまり得意ではありません。
なにか言わないと。
唾が喉元を通り過ぎた。


「左近は、失礼な子だわ」
「……………」


ちらりと見たらすぐ逸らされるその顔が、なにより嫌がってる証でありまして。


「先輩もうめげそう」
「めげるもなにも自分が悪いじゃないですか…」


放心しながらそれだけ言うと、冷徹な川西左近くんは黙ったきりの私を見もせず淡々と作業を続け、仕舞いにはどいてくださいと背中を蹴った。

勢いのままべたりと畳に頬をつける。
もういいんだ、左近にこんな扱いを受ける私なんて、えっと…そうだナメクジにでもなろう。一年は組の喜三太に飼われる。そんで餌もらえなかったりとかして死ぬ、死ぬ…死ぬ前に左近の襟元に侵入してかぶれさせてやる。

よからぬ自己完結で覚醒すると、本能のまま左近の背中へばりついた。


「おらぁぁ」
「うわっなんですか引っ付かないで下さい!」
「うるさいぃ私はナメクジになるんだー」
「はぁ?」


ほーらぬるぬるー

悪ふざけの境地でそのまま組み敷いても、真面目な彼は真面目にふむ、と宙を見つめる。


「塩が必要ですね」


ちょっと酷すぎやしないか?
塩なんか使わなくても萎えましたよ、あーあ。