歪んでいる。
私の鉢屋三郎に対する印象は、一言でいうならそれがとてもよく当てはまる。



月明かりが煌々と満ちた中、廊下を歩いていると横の裏庭に人影を見つけた。

目を細めてみると、彼だった。鉢屋三郎。
正直あまり近づきたくないけれど、ここで帰れば見回りの意味がなくなるので仕方なく庭へ下りる。

すぐ向こうに気付かれ先に声を掛けられた。


「こんばんは、名前さん」
「じゃないよ…今何時だと、」
「事務は大変ですね」


こんな夜遅くまで。

低い声が遮る。わかっているならさっさと自室へ戻っていただきたい。

高い壁、大きな木、草々、澄んだ池。
ぼうっと立つ彼。月明かり、逆光。

寒いのに裏庭でどうしたの?
そう聞くと別に何もと返す。笑う。

歩み寄り、横に並ばれた。沈黙がそこにある。
私は注意する機会を完璧に失っていた。結局仕事をこなせてないじゃないか。早く帰れの一言が、どうしても口から出ない。

考えていると、彼は唐突に顔に爪を立ててがりがりがりと肌を削り始めた。
狂気染みたその行為は黙って見過ごす…

がりり

筈だったのに。


「やめて」


あぁどうしようなんで彼の手を握ってるんだろう、関わらない方が絶対にいいのに。

ぱた、と血の様な何かが地面に落ちた。嘲笑の吐息。どうせ逆光で表情なんてわからないのに、見ていられなくて目を逸らした。

独り言めいた囁き。


「あんた、見たいか?」


化かされる感覚。
見たい?なにを?


「私の素顔」


歪んでいる。歪んでいる。
笑い方も考え方も立ち方も在り方もすべて歪んでいる。鉢屋三郎。
行き過ぎた恐怖は涙腺を刺激して、容易に感情を表へ押し出す。


「……どうしたんですか」
「…怖いよ」
「…………」


しゃくり上げて、

「それに」

続ける。
手は離さない。不意に抱きしめられる。
彼は何も言わない。


「見てて…痛い、よ…」


すすり泣きの静寂を裂いたのは、彼だった。


「別にあなたを泣かせたいわけじゃない」


ただ重く悲しい。
いつまでも泣き止まない私に困ってただの乾燥肌なんですよ、と嘘を吐いた。

ぱしゃりと静かな池が鳴る。その音さえ、怖い。そっと池を見れば水面に映る月がゆらゆらと歪んでいて、私は発狂しそうだった。