あ、いた。


「野村せん、…?」
「なんだ」
「すみません、人違いでした!」


慌ててお辞儀して背を向けると「待ちなさい」と肩をつかまれて制される。


「私は野村雄三だ」
「え…でも」
「紛うことなき野村雄三、だ」
「先生?」
「そう言ってるだろうが」
「…眼鏡はどうされたんですか?」


まじまじ見ると確かに野村先生だった。
しかし肝心のパーツが一つ足りてない。眼鏡がなかった。これじゃぱっと見、間違える。

辺りがよく見えないのか眼を細めているから、ちょっと怖かった。睨まれてる、みたいな感じだ。
私の手元を見て先生は言った。


「…その書類は小松田くんにお願いしたんだが」
「はぁ、小松田くんの代わりでして」
「代わり?」
「なんか寝込んじゃって」
「だらしがないな」
「それより先生、眼鏡は」
「さっき後ろから砲弾が飛んできてぶち当たった際に落とした」
「だ、大丈夫ですか」
「意識の無いまま医務室に運ばれて、今回復して戻ってきて探しているんだ」
「はぁ」
「が、」
「?」
「見つからない…」


どうしよう。そんな感じに首を傾げる先生はほんの少し可愛かった。ちょっとときめく。

辺りを窺うと人の気配が無い。
ついでに眼鏡も無い。
これは…


「チャンス?」
「なにが?」


顔を寄せる。この距離なら私の顔もはっきり見えるだろう。間髪いれずに囁く。



「野村先生」
「は?…おい、」


互いの唇が軽く触れ合って、すぐ離れて、そのまま脱走した。


「お前なあ!!」
「さよなら!」




ところで、


「小松田くん、書類渡しておいたよ」
「ありがとうぅ」
「…急に寝込んでどうしたの?具合が悪いの?」
「うぅん、ちょっと心が痛いというか…悪いことしたっていうか…」
「悪いこと?」
「廊下を歩いてたら誰かの眼鏡が落ちててさぁ」
「…うん」
「踏み割っちゃったんだよね…」


さすがに罪悪感がさぁ、とぼやいた彼に脱力した。