遠くで「こらああ」と怒声が聞こえた。
襖から外を覗くともう夕暮れで、そろそろ放課後かな、と思いお茶を取りに事務室を後にした。
「はぁ…」
幸薄そうなため息を漏らすその人は縁側に座り込んでいた。
その背をとんとん、と叩くとこちらを見上げる。
「あ」
「土井先生、ご苦労様です」
「あぁ、すみません どうも」
お盆に乗せたお茶を手渡すとしみじみとお礼を述べる。
何でいつもこんなに疲れてるんだろう。
横に座ってもいいか聞く前に促されたので大人しく隣に収まる。
「さっきは何がどうなさったのですか」
「え?…あ、事務室まで聞こえてたんですか」
「はい」
「あいつらは全くもう」
「は組ですか?」
「人の苦労も知らずに結婚しろ結婚しろと…」
頷いたのか項垂れたのかはっきりしなかった。
どうやらは組の子達に結婚しろコールを受けて参っていたようだ。
先生はお茶を見つめながらぽつりと言った。
「私はともかく、貴方は心配りも出来ますし、素敵なお嫁さんになれるでしょうね」
「さぁ、どうでしょうねぇ」
「絶対に幸せになれますよ、…相手の方が幸せ者かもしれないな」
「でも私、土井先生みたいなお嫁さんが欲しいです」
瞬間、ごふっとお茶を吹いたので背を撫でてやるとすいませんと情けない謝罪が聞こえた。
「嫁って…」
「婿の方がよろしいかしら」
「それ、本気で言ってます?」
「ふふふ」
どうでしょうね、とはぐらかすと「貴方は意外にずるいんですね」と先生は諦めたように笑った。