「おい、起きろ」
「むぎゃぁ」



思わぬ奇声に背中に置いた足をどかす。
女子を蹴り上げる、こんな場面を見たら伊作あたりは「女の子に乱暴するなよ」と慌てるかもしれないが、普段俺は間違っても女子に乱暴を働く人間ではない。
が、こいつに限ってはどうしても優しくしようとは思えなかった。なぜなら委員会をさぼって図書室に紛れ込み机に涎の池を作るほど惰眠を貪るようなそんな奴は、俺の中でどう甘く採点しても『女子』には該当しないからだ。

未だにもごもごと何かを言っている。いつまでも委員会が始められないというのに呑気なものだ。
長次の密告ならぬ苦情が舞い込んでこなかったらどれだけ時間を費やそうが意地でも見つけ出してうっかり埋めるところだった。危ない。


「おい」
「ふぁい?…あ、留だ…どうしたの」
「いい加減にしろ、お前のせいでいつまで経っても委員会が始まらないだろ」
「……すこー」
「おまっ、」


すぱん!
頭を勢い良く叩くと ばちっと眼が開いた。大きなそれにみるみる涙がたまっていく。予想外に強い力だったようだ。しかし罪悪感は全くない、悪いのはこいつだし被害者は俺の方だ。


「ひ、ひどい…」
「なんで会話の途中でまた寝るんだよ!」
「うるさいなぁ、私疲れてんの!委員会なんか出なくたっていいじゃん他にいっぱい人がいるんだから」
「俺の委員会でサボりは許さん」
「あーあーそうですか」


頭硬いよ留はさァ…

ぶちぶちと文句を垂れながら体を起こした。やっと委員会が始められる、そう安堵したのも束の間、制服の足元が引っ張られる感覚。


「なんだよ」
「………」
「また寝てんのか?」
「おんぶ」
「はぁ!?」


たった今耳に届いたその三文字が理解できずに素っ頓狂な声が喉から躍り出た。じっと上目遣いをされても困る。甘やかせば図に乗るし、万が一担いでいったとしても他の委員に面目が立たない。


「うんって言うまで離さない」
「いい加減にしろよ」
「離さない」
「…………」
「…………」


互いに黙り込む。やがて名前は不敵に口を開いた。

「返事は?」

こうなったらもう駄目だ。こいつは言い出したら絶対に折れないし、第一こんな下らないことで潰す時間も今はない。

歯噛みしながら渋々しゃがんで背中を見せたらどすっと塊が乗ってきた。さっさと立ち上がると慌ててしがみついてくる。
どすどす、無言で歩き出すと俺の心境とは裏腹に楽しそうな声が後ろから上がった。


「やったー」
「今日だけだからな!」
「その台詞前も聞いた気がするなぁ」
「…落とすぞ」
「ぎゃぁぁ」


重いし暑い。何より負けたことが悔しくて、不機嫌も最高潮に達して黙り込んだ俺に奴はそっと囁いた。


「留、優しいから好き」


ふざけんなよ。
何を言われようが俺は絶対に認めない。お前が女子だなんて。
一人欠けようが委員会に支障はないのになぜこうまでして連行するのか、それは心底どうでもいいことだ。
わざと舌打ちを聞かせる。背中のそいつが気にかかるだなんてありえない、どうでもいいこと。