思うが侭、唇に親指を押し付ける。
頭がどうにかなってしまいそうなほど柔らかいそれをなぞる様に指を滑らせれば先に紅がついた。

つい顔をしかめて見せると、対照的に女はその唇を笑いに歪める。


「貴方も大概物好きねえ」


乾いた声だった。
だらしのない前合わせから覗く肌は病的な白。陽に当たる事無く日々を潰してきた証拠。


「……別に」
「それなら外出するたびに何故ここに来るの」
「暇潰し」
「嘘がお上手で羨ましいわ」


冷えた手が紅のついた指を掴む。あ、という間もなく口に含まれた。その体温からおよそ想像のつかない口内の熱に酷く動揺した。
目を細める。女は変わらず笑っている。
やがて粘着質な音をたてて指が開放され、唇と指先を繋ぐ糸。堪らず噛む様に口付けた。
執拗に繰り返した後で捻り出した言葉。


「旦那は、」
「…明日まで帰らないわ、どうして?」
「別に」
「そればっかり」
「あんた歳いくつだ」
「二十五」


まだ若いでしょうと自ら誇示する女に対し「どうだろうな」と返せば頬を抓られた。
するりと胸元に入り込んでくる、生きているのか疑わしい、体温。


「遊んで行って」


現実的過ぎる風景はいらない。見えない。
ぼんやりと小さな枠組みに制限されたつまらない空を眺めていたら腕を引かれ、床に倒された。