「小平太の好きなタイプ?」


らしくない素っ頓狂な声を上げたのは誰もが恐れる立花仙蔵様でありまして。
私は必死に頭を振ってその言葉に応じた。

廊下を歩き続ける。呆れ顔の彼は「私でなくとも他をあたればいいだろうに」とぼやいていて、まともに返答してくれそうに無かった。


「あたったけど参考にならなかったよ…」
「ほう、伊作もか?」
「教えてもいいけど体と引き替えだって」
「(あいつ最悪だな)」
「ねー、教えてよー」
「それが人に教えを請う態度か」
「どうぞこのあわれなめすぶたにおしえてやってくださいゆうしゅうびれいなだいまおうたちばなせんぞうさま」


棒読みで告げたら胡散臭そうな眼で見られた。
別にいいもんねー、七松くんゲットのためなら幾らかの犠牲なんて厭わない。


「小平太か…」
「うんうん」
「とりあえず餌をくれる奴なら誰でもついていくだろうな」
「そ、それ潮江くんも中在家くんも言ってた…そんなんじゃなくて!女の子で好きそうなタイプ!」
「……普通に顔が可愛いとか」
「う」
「胸がでかいとか」
「うぉ」
「魚?」


徐々に俯いていく私。だって何一つ該当してない気が……気じゃない、該当してない。

立花くんは、ぽんぽんと軽く私の肩を叩いて「まぁ恋は人生に一つではない、次にレッツトライだ」なんて無責任な発言をかました。
何がレッツトライだ。私はこの恋を諦めたらきっと死ぬ。そんな確信はある。


「…私!頑張る!」
「な、何をだ」
「顔可愛くして胸でかくする!」


叫んで走った。
そうだ努力だ。恋愛とは試練の連続だ。





「そんな簡単にいく訳なかろう…」


一人残されため息を吐いてからまた歩みを進めれば、不意に天井裏に気配を感じた。
立ち止まる。ふっと視線を天井にやると。


「仙ちゃん、今あの子と何話してたの…?」


お出ましか。
天井に潜んでいるその声は、間違いなく今話題の張本人のものだ。


「出て来い、小平太」


声をかければ天井板が騒々しく剥がれ不満そうな顔が覗く。そのまま廊下に降り立った。
ずい、と距離が近まる。暑苦しいので一歩下がれば逃すまいと焦ったのか肩を掴まれた。
真剣、というよりは必死な顔。


「答えてよ」
「なに、恋愛相談だ。大したことじゃ無い」
「たっ、大したことあるよ!なんで!?誰を!?」
「お前に関係無かろうよ」
「うわー!あるよー!!」


今までの緊張感はどこへやら、慌てふためき体をじたばたさせる小平太。
手で押しやり無視して足を踏み出すと、また縋りつく。正直鬱陶しい。ていうか何こいつら本当に腹立つんだが。


「気になるか」
「なるよ、そりゃ」
「…待ってればその内嫌でもわかるだろうよ」
「なにその意味深な発言!まっ、まさかあの子が他の男とくっつくの黙って見てろとか言うんじゃ」
「さあな」
「うわぁあ 鬼!悪魔!大魔王!!」


それさっきも言われたな。

ぼんやり思い出している内に、小平太の姿はやかましい騒音を遠巻きにして消えてしまった。
きっと文次郎や長次に泣き付きに行ったのだろう。伊作は除外だ。さすがに小平太も本能で理解しているらしかった。

互いにご苦労なことだ、と再びため息だけが廊下に響いた。