風呂上りにぼやけた視界で廊下を歩いていたら、曲がり角で誰かと衝突してしまった。


「わぁ!」
「ごごごごめんなさい!」
「…乱太郎くん?」
「え?あ、誰ですか?」


あやふやな世界に佇むその人は、声と背丈からしてくの一の先輩のようだった。
尋ねれば返事代わりに ばすり、と濡れた頭に手が置かれてぎりぎりと存分に締め付けられる。


「痛い痛い痛い!」
「くの一保健委員長様を忘れるなんて大した度胸じゃないの?え?」
「わー!ごめんなさい私今眼鏡無くて何も見えないんですう!」
「あれ、そういえば」


(名前さんだったのか)

事情を告げると同時に離される手。頭ががんがんして軽い立ちくらみを感じていると、そっと両頬に冷たい感触。先輩は冷え性だ。保健委員長のくせに。


「失くしたの?」
「かもしれません…お風呂でたらもう無かったんですよ」


風呂上りの熱い頬に冷えた手は心地良かった。何もかも吸い取られる気がする。


「不便ねぇ」
「まぁ仕方ないです」
「見える?」
「わ」


息をつく間もなく鼻がぶつかりそうなくらいに近い顔。
ちょっと胸がどきどきして、頷くのが遅れてしまった。