「潮江って優しいよね」


笑顔で言ったら


「…勘違いだろ」


変な顔をして返された。



「だっていつもいろんな事教えてくれるし」
「鈍くせぇ奴が嫌いなんだよ」
「それに結局毎日一緒だしね」
「単なる偶然だ」
「今だって図書当番終わるまで待っててくれたんでしょ?」
「……………」


人気の無い廊下で沈黙。

優しいよね、ありがとね、と図書室の鍵を閉めると何か言われた気がした。
あいにく立て付けの悪い襖の音で遮られて聞き取れなかった。


「なんか言った?」


二、三歩進んで振り向くと夕焼けを背においてこちらを見ている潮江と眼が合う。
不意に胸の奥が鳴った。雰囲気がいつもと違うじゃないか。潮江らしくない。


「どうしたの?」
「…お前だけだ」
「私にだけ?」


意図がつかめない。首を傾げてみせると、両手を肩に置かれ壁に押し付けられた。

意志を暗に示す眼差し。

私の喉は鳴った。潮江は静かに横一文字だった口を開く。


「お前が望むなら何だってしてやるよ」


…それだけ言い捨てて視線を外して手を離して、潮江はその場から立ち去った。
私はと言えば暫く呆然とした後で壁に背中をずるずるこすり付けてへたり込んだ。

熱に浮かされた頬を両手で包むと、静寂の中確かに聴こえた寿命を縮める鼓動。


(死んじゃいそう)


潮江に殺されるなら、それはそれでいいかもね。
優しい人。喜びは確かに胸を打つ。