背後から大声で呼ばれて振り返る。
なんのことはない、もう日課になりつつあった。


「どうした」
「あ、あの、あの」


ほんの一瞬 眼が合う。
それだけで彼女は慌てて顔を背け、床に向けておぼつかない視線。


「……顔」
「は、はい?え?」
「赤いぞ」
「あぁ!」


ますます赤くなっていく。毎度思うが面白い。
声を殺して笑いながら様子を窺っていると


「これ!」


勢い良く胸元に押し付けられた帳簿。

受け取る際にわざと手に触れてみればマッハの勢いで引っ込められる。
そこまでされると案外傷つくんだが。


「顧問の先生から!…て、適当に戻しておいてね」
「あぁ、すぐ返しに行くよ」
「お願い、ね」
「お前の所で良いんだな」
「!せ、先生のとこ…」
「良いんだろう?」


ぱらぱら帳簿を捲りながら一瞥すると「もう好きにして下さい」と言わんばかりに力無く首を振った。


「さよなら!」


もう少しからかおうと思っていたのに彼女は音も無く退散してしまった。
廊下の奥、角に消えるまで背中を見送ってからまた進路方向へ歩み出す。

ついでに、


「おい、悪趣味」
「誰が悪趣味だコラ」
「お前の除き行為が、だ」


天井を見上げながら言い放つとすぐさま がたっと板が外れた。
そこから顔を出したのはギンギンに忍者馬鹿な文次郎。


「覗きじゃねーよ通りがかりに見えたんだよ」
「煩い 消えろ」
「っ、お前の方が悪趣味だろーが!」
「一応聞くが、何故?」
「ばかたれ、さっきの女子はどう考えても」
「ああ」


今更言われずとも彼女の気持ちなどとうに理解している。

それゆえ。


「面白いから存分に楽しもうと思ってな」


余計な口を出すなよ、と続けると「お前本当に悪趣味だな」と非難が降った。
勝手に言ってろ。
天井に向けて拳を突き出すと上手いこと当たったので少し笑ってしまった。