がたがた襖が鳴る。
振り向きもせず、一言。


「どうしたの」
「……薬、欲しいなって。思って」


バツが悪そうに響く。
今にも消え入りそうな声で、本来なら心配するべきなのだろうけど自分にそれは出来ない。

ここは医務室ではなく、伊作の自室である。
座るよう促され名前はそれに従う。


「夜にごめんね」
「いいよ。夜は開いてないからね、医務室」
「うん、誰もいなかった」
「はい、薬」
「ありがとう」


文机の上には小さな棚。
その仲に常備されているのは、不定期にここを訪れる彼女の薬。


「まだ良くならない?」
「わかんない」
「しっかりしてよ」
「………伊作」
「なに」
「飲めない」


彼女は水を所望していた。
呆れたようにため息を吐くと、萎縮して小さくなる体。


「手が焼ける」
「ごめん」
「いいってば。ほら、お茶」
「ん」


伸ばされた彼女の手に届かない位置で湯飲みを掲げる。
じっと動かない。


「意地悪しないで」
「飲ませてあげようか」
「どういう意味」
「こういう意味」


ひとつ笑って伊作は名前から粉末を取り上げる。
湯飲みにそれを入れて溶かして、ぐい と一気に煽った。
一寸待たずとして彼女の唇は塞がれる。
喉が鳴った。
そのまま首の後ろに手を回され、彼女が体を引こうにも出来ず、されるがままの深い口付け。


「…は、伊作」
「眠いでしょ」


お眠り。


聞く耳持たずに腕の中。
何も知らない顔で眠る。

薬は薬じゃない。

胸元の彼女の顔色は覇気が無く真っ白で作り物のよう。



(そろそろ、死ぬ)



昂る伊作の心内とは反対に、寝息ばかりは静かだった。

愛着も固執も全てまぜこぜ。
優しい眼で、頭を撫でる。


「ずっと愛してあげるからね」


狂気の沙汰は、夢の中。