「やだ、どうしよう…」
帰れない。
実習帰り、夕闇に押されて焦りながら地図を引っくり返したり戻したり。
鬱蒼と茂る森、陰鬱な気分になるのは、そう、迷子だから。
先程から呟いてみても返事などある筈も無く。
聞こえるのはやたら低い鳥の声と、それから…
ひとつ身震いして立ち尽くす。どうしようもない悪寒は思い過ごし思い過ごし。
やるせないと脱力すれど地図を強く握り締めてるあたり諦めが悪い。
不意に、気配。
小動物ではなく大きな何かが ざわざわざわ。悪寒。ひ、と声を出し、涙ながらにそっと音先を見る。
唐突に躍り出た影に、絶叫。
「っ、きゃー!!」
「わー!?」
頭を抱えて体を縮こませる。
食べないで!と内心は必死だったけど…
人の声?
掛る声。
「お前、くの一教室の…」
「………あ…」
情けなく顔を上げると同年の学年色が目に入った。三年生。
たしか…
「神崎くん」
「そうだけど…何やってんだ、こんなところで」
実習なの。と告げると「頑張れよ」と背を向けられた。
反射的に制服を掴み引き止める。
「ま、待って待って」
「なんだよ!」
「実習終えて帰りなの。でも道わかんなくなっちゃって…」
一拍置いて 間抜けだ、と言われた。
確かにその通りだ。ろくに地図が読めないうえ、私は方向音痴だったりするから。
忍としてどうかと思う。
「実は私も実習帰りなんだ」
「本当に!?」
「それなのに班の連中、いつの間にか勝手に何処かへ行ってしまうから…全く手がかかる」
「じゃあ一緒に帰っていい?」
「ああ、この神崎左門に任せろ!」
どーんと自信ありきに言い放つ彼に、私はやっとこの森で安心することが出来た。
それとなく繋がれた手をしっかり握ると怖いものなんか何も無い。
彼にぐいぐい引っ張られて進んで行く。
……ただ、ひとつ誤算だったのは。
「神崎くん、もう真っ暗なんだけど…」
「そろそろだ、辛抱しろ」
「………道、本当にわかってる?」
「勘」
「え」
彼が極度の方向音痴だというのを知らなかったことだろうか。