「危ないから。下がってたほうが、いいですよ」
無理して畏まった言葉を使わなくていいのに。不慣れなせいで節々ががたがたなのが聞くだけでわかった。遥か下が海の絶景。柵も何もない崖際に突っ立った私、後ろにいるのは間切、知っていたから見向きも返事もしなかった。
水軍館から離れた海沿いの崖でもまばらに海の漢の姿がある。間切は若いから大人達の手前、礼節をわきまえるのに必死で、おまけに神経質だった。
私は下がることもせず視界に間切が入らないように遠くの海を眺めた。水面の煌めきが直接突き刺さる。眩しい顔しか出来なかった。
「今日は海に出ないの」
間切はずっとそこにいる。
「番じゃない、ので」
「ふーん」
ざざざ、と波が寄った。天気は良いのに荒れているのが珍しくて、一歩進んだら手を掴まれた。強く握り締めて後ろへ引かれてよろめく。もう半歩いったら落ちるぎりぎりの淵、成されるが儘の私を間切は語気強く刺した。
「おい」
「変な顔」
「危ねえだろ」
「その喋り方がいいなぁ、やっぱり」
「…………」
「…落ちないよ」
「そんな保証がどこにある」
熱い体温にしっかり包まれている手。
「心配してくれてありがとう」
「…あんた、何もわかっちゃいねぇよ」
ぶっきらぼうに告げた間切の横顔は赤い。まだ昼を過ぎたばかりで夕日なんか差してないから、彼自身が発熱しているのだった。頬を緩めたら阿呆面、と罵られた。
間切が好きだ。ごわつく傷だらけの手から伝って、こんなにも切ない。波が美しかった。間切の居場所。相乗効果というやつで、私は海さえも愛しくなるのだ。