頭痛を感じるようになったのはつい最近からだった。この組に在籍する限り悩みの種は数多くあれどもここまで酷くはなかった、それなのに。


「所詮頭だけで動きやしない」


ぽつり呟いても夕暮れは何も返さない。声に出すだけ惨めなのはわかってる、それを承知で繰り返した。頭だけ。動きやしない。これは自分に対する評価だった。動いてないつもりはなかったけれど、そう判断されたなら仕方ない。どれだけ努力しようが第三者に認めてもらえなければ結局は無駄なのだ。

ぼんやり文机に向かっていると、戸の方から影が伸びてきた。眩い。目を凝らしてみれば、よく知った人がそこに立っていた。手に何か持っている。恐ろしく赤い何かは凶器かと錯覚したが、よくよく見ればただの花だった。


「綺麗でしょ?」


澄んだ声が耳を撫ぜる。確かに綺麗なのだけれど頷く気になれなかった。裏山で見つけたと説明された時季外れの赤い花は自分に向けて惜しみなく花弁を開いている。視覚を刺激されて頭が痛い。誇示される強烈な色に飲み込まれそうだ。抵抗しても無駄、…無駄?


「無駄か」
「庄ちゃん?」
「何やっても無駄か」
「ねえ」


訝しむ彼女を置き去りに、口はぐちゃぐちゃ喋り出す。


「もう動く気にもなれない」
「…………」
「向いてないんだろうなぁ、今更だけど。忍者なんて」
「…庄ちゃん、なんか変」
「そんなこと、」
「ばれてるよ」


ハッとした。今まで生きてきた中で嘘なんて吐いたことなかったのに、何をやってるんだ。恐々見上げた彼女は目一杯に涙を溜めてこちらを見下ろしている。ぱちりと瞬くと、粒が零れた。畳に染みていく。止まらない涙雨はいつの間にやら落下していた赤い花にも伝っていく。吸収されることなく弾かれて滑る水滴が綺麗だと思った。


「私に黙って無理なんかしないでよ」
「してない」


嘘!

きんきんと高い声が教室に響いた。他に誰もいなくて本当に良かった。数刻前には騒がしく和みを含んでいた室内の空気が一転、とんだ修羅場と化している。


「そんな庄ちゃん、見てて苦しい。きらい!」


あっという間に彼女はいなくなった。畳の染みと赤い花だけ残されて、あとは情けない自分の影。きらいだって、絶望的な単語なのに何故か心は弾んでいる。自棄に埋もれた中で気付かされた。何をしようが無駄、それで結構。とりあえず今は彼女を追いかけるぐらいは出来るのだから。