女の腰はいいものだと金吾は常々思っていた。
自分の、平坦に脚へと落ちる男のものとは異なる曲線美。なだらかにくびれるその輪郭を沿って撫でれば決まった声を出すその様は、精巧な玩具のよう。今まで抱いた女は皆が皆そうだった。腰がいい女は声も仕草も何もかもがいい。だから金吾の中で女の腰というのは深く付き合う上での第一条件となった。どうしようもない寸胴は滅びてしまえ。そう考えるまでになっていた。
いつの間にか。その執着がいつからなのか誰も知らない。金吾でさえ、わからない。

ある朝、兵太夫が言った。


「お前好みの女でも連れてこようか」


男の癖に睫毛は長いし丸顔で髪はよく手入れされていて細身の兵太夫。女に当て嵌めても通じる要素が充分足りている級友が猫のように近寄ると、金吾は忌々しげに吐き捨てた。


「お前の手付きなんざいらねぇよ」
「バレたか」
「下世話すんな」
「最近女の噂を聞かないから随分ご無沙汰なんじゃないかって思…」
「金吾くん」


まさしく鈴を転がすような。
そんな声の先には、可愛らしく微笑む少女が立っていた。いつからいたのかと首を傾げるより先に兵太夫は眉を顰めた。金吾が少女の腰を(半ば無意識に)見つめていたからだ。


「遅いよ」


りんりん廊下に響く声音からは長い間待たされていたことが窺える。
それに対して取り繕うように笑う顔はあんまり格好良くない。


「あー、悪かった。行くか」
「うん」


ふふふ、と繰り返し笑う少女の手を引いて「じゃあな」とあっさり身を翻した。

へぇ、そういうこと?兵太夫は訝りながらも納得する。相手をやっと一人に固定したのか、ならば下手な噂が途絶えるのも仕方の無い事だと思う。ついでに珍しいな、とも思う。


「今度は本気なの?また浮気するの?」
「馬鹿、違うって」


カマをかけても振り向きやしない返事。
一体なにが?なにも違っちゃいない。
女の隣に並ぶとすぐ腰に手を回すその癖を、女の腰に対するその執着心を兵太夫が今更知らないわけがない。


「軽い男!」


いかにも興味がありませんよと露呈する悪態は、遠のいた背に届くはずもなく。
少女はただ自身の腰に回された大きな手を愛おしそうに見つめているばかりだった。金吾のことなど何も知らずに。