「ちゃお!」
「健康人禁制、さぁ出た出た」


医務室に遊びに行ったら挨拶もおざなりに肩をつかまれくるりとUターンさせられた。

ぎゃーいやーらんたろうがーなんかすけべー

奇声を発して抵抗すると、間もなく呆れたような諦めたようなため息が聞こえてくる。


「好きにしなよ…」
「勝った!」
「正直邪魔だけどね」
「言うねぇ」


邪魔という割りに室内には誰も居ない。
これはしめた、存分に甘えてやる、と邪な野望で胸を昂らせていると自身の危機を察知したのか乱太郎は私から少し離れた。


「なんで離れるの」
「危ない予感がした」
「(ちっ)ていうかなんで髪解けてんの?」
「(今舌打ちした)あぁこれはね、不吉なんだ…」
「は?」
「絶対良くないことが起きると私は思う!」


そんな力説する内容じゃない。
真っ青な顔の乱太郎は私を見つめながら原因をつらつら並べた。
なんで不吉かって、今日は朝っぱらから黒猫が前を横切ったし、それに気を取られて転んで便所紙をぶちまけたし、その勢いで髪紐が切れちゃったし。


「なんだか怖いよね…」
「いつも通りじゃん?」
「うるさいよ」


じっとり睨みつけられ慌てて笑顔を取り繕う。
結ってあげようと替えの髪紐を手にして、彼の後ろへ回り込むべく畳を這う私の中に新たな疑問が落ちた。

(あれれ?)


「どうしたの変な顔して」
「変は余計!乱ちゃん、大きくなった?」
「そうかな?」


どうでもいいことのように首を傾げる。
無言でふくれてみせると、困った笑い顔で頭を撫でてきた。子供か私は。…子供かもしれない。乱太郎の手はいつだって温かくて安心するんだ。
目を細める。猫みたいだといわれた。
ついでに「周りがでかい連中ばかりだから伸びてもあんまりよくわかんない」だって。確かに。


「ちょっと前までは同じぐらいだったのにさー」
「いつの話?五年も経てばいやでも伸びるよ」


意外と寂しいものだ。
ふと我に返る。私はお母さんか?さっきは子供だったのに…こんな不運な息子は嫌だなぁ。
一人でくすくす笑っていたら「なに?」と怪訝そうな顔。眼鏡越しのそれは、五年前と変わらないのに。
なんでもないと呟いて、そっと柔らかな赤茶に指を潜らせた。