視線を右往左往させても、助けてくれそうな人は見当たらなかった。
両手首をつかまれ、背もろとも壁に押し付けられたのは一瞬の出来事。
とうとう見つかった、そう思った私を凍りつかせたのは世界が滅びると感じるぐらいに冷たい視線。

理由?それはあれだ、えっと


「お前最近俺のこと避けてるだろ」


久しい声は、最後に聞いたときよりも一層低く耳をすべっていく。どうしよう。いや、どうにもならない。
おそるおそる上ずった声で返事をした。


「避けてないよ」
「嘘つけ」
「互いに、あんまり、見かけないだけだよ」
「……へぇ」


じっとりした視線に冷や汗が止まらない。

はっきり言って、嘘だ。ごめん。
私は金吾を避けていた。
金吾のためだ。
言っても絶対理解されないけど、そして単なる自己正当化なんだけど。
逃れようと手を動かしても彼の体温が食い込むばかりで抵抗と呼べる代物にすらならない。
ざらざらした壁を手の甲に感じる。
心が、冷えた。
重すぎる沈黙に発狂しそうになる。
尋問は止む気配が無い。


「なんで探しても探してもいないんだろうな」
「……………」
「おい」


耳を塞げない。だって、両手は。ざらざら。

金吾は真っ直ぐすぎる。
それが剣をやってるせいかどううかは知らない。尋ねて返事をされたところで理解できる自信がなかった。
それがまた遠く思えて私は怖い。


「何かあるならはっきり言えよ」


苛々する、だなんて、そんなの言われなくてもわかる。
棘のある声音だとかとがった肩とか、大好きなその目だって今では険しくて、全部が全部主張をしていた。
ぎりりと手首が鳴る。
痛いよって声に出せない自分が悲しい。
私の願いは決して悪いことじゃ無いのに、悪いことの様に思わせる金吾が怖い。


「泣くのは後にしろ」
「…泣いて、ないし」
「俺のこと嫌いになったのか?」
「違うよ」
「じゃあどうして」
「…金吾」


惨めな気分だ。
こんなの、伝えたってなんにもならないのに。
意を決して口を開いた。えいくそ、うまく呼吸が出来ない。


「嫌いになったのは、金吾のほうじゃないの」


すぐ俯いた。言い逃げ甚だしいが、それが最後の手段だった。非常にいたたまれない。早く離してほしい。
とても久しぶりに触れた部分は痛みしか感じなかった。

金吾、ごめん。


「…いつも剣ばっかりで全く遊んでくれないし、修行は大事だってわかってるけど、邪魔しちゃいけないってわかってるけど」
「……………」
「うー」


変に唸ったきり黙りこんだ私を金吾はしばらくぽかんとした顔で見ていたが、やがて盛大なため息を吐いた。
馬鹿だと思ったに違いない。
そりゃあ金吾のことは応援してる。夢に向かっていつでも前向きであってほしいし、その邪魔になるなんて死んでも願い下げだ。
でも、なんか、やっぱり、


「寂しいんだもん…」


口に出して猛烈に感じた。
寂しい、寂しい。

ぽた、と床に水滴が落ちる。すぐに滲んで濃い色を残したそれをぼんやり見つめた。
これはあれだ、鼻炎気味だからきっと鼻水だ。お腹が空いてるから涎かもしれない。
どっちにしろ汚いけど、うん、汚いのは私の心だ。金吾が困ってるじゃないか。
支えるために傍にいようって決めたくせに、これじゃあ何の意味も無い。だから離れたのに。

もう離してくれないかな。そう思って身を強張らせていると、不意に金吾はごめんな、って小さく呟いて、さっきまで私の手首をぎゅうぎゅうと握り締めていた武骨な手は頭を撫でた。
じわじわと血が通うのがわかった。
同時に、心が満たされていく。
思っていたより金吾は大人だったのだ。


「言ってくれなきゃわかんねぇけど」
「……………」
「俺も触れたかったよ」
「…本当に?」


予想外の言葉に目を丸くしてみせると、頷いたあとでほんの少し抱きしめてくれた。
すぐ離れるそっけなさが金吾らしくて、安心した。
俺こんなんだからさぁ、と頭を掻く。


「すぐ剣のことで頭一杯になって、お前ほったらかしだもんな」
「…うん」
「今度、どこか行こう。町でもなんでもお前の好きなところ」
「う、ん」
「泣くなよ」
「泣いてない、し」
「さっきも言ってたな、それ」


うまく笑えたかどうか不安だけど、金吾も返すように不器用な笑顔を見せてくれて、久しぶりのそれに少しだけ涙が滲むのだけはわかった。
それを隠そうと慌てて腕にしがみついて、口付けは無いの?って聞いたら真っ赤になって「ねーよ!」と金吾はそっぽを向いた。

あぁ好き、大好き、ごめんね、でも好き。