「き、金吾先輩…」
「見るな」


見ないほうが良い。
胸に抱えた名前に強く言うと、黙ってあとはひたすら泣きじゃくるだけだった。
血の匂いが充満している。右腕で掴んでいる剣は途方もなく重かった。汗ばみ、震え、命の証拠。それと後悔。充満している。








「金吾、悪い、頼みがあるんだ」


放課後、自主練を終えて長屋に戻ると真っ青な顔で絶好調に隈をこさえている団蔵に呼び止められた。
ただ事ではなさそうで、理由を聞くと

「後輩の女子が実習から帰ってこない」

緊急事態だった。

教師も探しているが心配で堪らないので自分も探しに行くところだという。二つ返事で協力に乗る。さして親しくもなかったけれど、笑うと可愛い子だったからよく覚えている。名前。

あてもなく彼女の実習場所である裏山を歩いていると、暫くして悲鳴が聞こえた。男のものなら放っておくのに小さな女子の声だったからすぐに方向転換をした。
音の元の茂みに近づけば見知ったくの一教室の制服。間違いなく名前だった。
ピリピリした空気の中、彼女は泣き叫んでいる。その頭上にぎらりと光る鋭利な刃。連想は容易い、山賊に違いなかった。
腕を引いて振り下ろす形。

(やばい!)

そう思った瞬間、本能的に剣を抜いて飛びかかっていた。








くらくらする。

気が付いた時には真新しい屍があって、泣いてすがりつく名前がいて、生温い液体の滴る剣を片手に立ち尽くす自分がいた。
殺めてしまった。衝動とはいえ、許される事ではない。これ以外の方法で彼女を救う術が自分には思いつかなかった。腐る性根。じわじわと周りの光景が現実味を帯びてきて、少し体が疼いた。

団蔵、心配してたぞ。
からからの喉からやっとの思いでそれだけひり出す。

返事はない。見ると泣き疲れたのか眠ってしまっていた。腫らした眼がとても痛々しくて、早く帰りたくなった。
鍛錬も兼ねて大事に抱えて歩き始める。明日にはまた笑ってくれるだろうか。それはきっと人斬りの自分には向けられないだろうけれど、願わずにはいられなかった。